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私の住む部屋は、道具屋の真上にある。というのも、ズーシェンは店とは別でアパートの大家もやっており、私はそこに無料で住まわせてもらっているのだ。
つまり何が言いたいかというと、ズーシェンのご飯の準備から店の手伝いまで、ボロ雑巾の如くこき使われまくっている。
あ、今日からはエマもいるから、ご飯3人分になるのか。食費、いくらになるんだろ……。
脳裏に浮かぶユーロ紙幣たちをかき消すように、私は鍋をかき混ぜた。
ちょっと熱めの湯気が顔に当たって心地よい。
それにしても、さっきルームメイトに殺されかけたのに、そのルームメイトの分の食事も作るなんて……あれ? 私ってもしかして、いやもしかしなくても結構優しいんじゃない?
むふふ、と笑みをこぼしたところに、エマが鍋を覗きに来た。
「今のあずき、なんだか魔女みたいだね」
「魔女みたいじゃなくて魔女だし、まだ見習いだけど……というか、あずきって何?」
起こされた時からずっと謎に思っていたことを尋ねると。
「あれだろ、梓野杏花だから略してあずき」
奥の席から茶化すように言ったズーシェンに、エマは勢いよく振り返る。
「ずっさん、せいかーい!」
ずっさんて……この金髪の馴れ馴れしさはとどまることを知らないのか。
「あずき、どう可愛いでしょ?」
満面の笑みを浮かべるエマに続き、ズーシェンは深く頷いた。
「うん、アタシも今日からお前のことあずきって呼ぶわ」
「はぁ、そうですか……」
まぁそれは良いとして、私にはもっと気になることがあった。
「なんであんたらそんなに意気投合してんの……」
エマは軽い足取りでズーシェンの後ろへ回ると、テンション高めに言った。
「二人とも魔道具好きの同志だもんねー?」
「ね〜」とズーシェンも似合わない笑顔で相槌を打つ。
うっわ……と心の中で声を漏らした。
魔道具について話を狂い咲かせている二人を、視界からシャットアウトするように鍋に集中した。
「うん、味よし」
小皿に分けたスープを舐めて頷くと、ざらざらとした触り心地のボウルに完成した料理をよそる。
「はい、お待ちどーさま」
カリカリに焼いたバゲットも一緒にテーブルに置くと、ちょっとした歓声が上がった。
「おお、シチューか」
「いよっ! 待ってましたぁ!」
さっきまでは、こき使われてるみたいでちょっとムカついてたけど。2人の笑顔を見ると、それでもまぁ良いかと思えてしまった。
照れ臭さのあまり鼻の下を人差し指で軽く擦ると、先に席についていたエマが、私の顔を見て言い放った。
「なんかあずきってク○アおばさんみたいだね」
あれ、やっぱなんかムカついてきたな。
私は眉間に皺が寄るのを笑顔で誤魔化し、席に着いた。お腹すいたし、もう怒るのも面倒だ。
「そんじゃあ、手を合わせてください」
私とズーシェンより一拍遅れて、パチンと手が鳴る。
「「いただきます」」
これが、私たち3人が初めて一緒に食べる夕飯だった。
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