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食器を片付け終え、疲れのあまりソファにもたれていると……エマが元よりキラキラしてる瞳を、更に輝かせて迫ってきた。
「ねねね、お風呂の前に夜の街を探索してみない?」
鬱陶しい、と整った顔を押し退け、私は問いかける。
「お前、今朝フラフラしてなかったっけ?」
「ああ、あれはただの迷子」
「迷子だったんだ……」
よくそんな素直に言えるよな。
「けど、危なくない? 今朝もあんなことあったばっかだし」
「大丈夫、あれはちょっと観光気分に浸って油断してただけだよ」
そんな自信満々に言うことじゃないけどな。
「それにあずきは黒光するG並みにタフだし! 何が来ても守ってくれるでしょ?」
「何が来てもってのは無理があるけど……」
さっき私も同じ喩え方してたとは、言えないな。
結局私が折れることになり、私たちは外に出る支度をした。
無言のまま部屋を出ると、冷たい風が頬を切り裂くように吹いた。
「うわっ寒」と思わず口走ってしまう。
「こっちは日本と違って、暖かくなるのはだいぶ遅いからね〜」
今初めて、こいつの口からまともなセリフ聞いた気がする。
少し驚きつつも、「へぇ〜」と適当に相槌を打ち、横を流れる建物たちに目を向けてみた。
賑やかな営みの声と共に、店明かりや街灯たちが石畳を温かく照らしている。建物の奥からは、教会の丸い屋根が自ら発光してるように浮かび上がっていた。
やがて私たちは、その教会の正面に出た。
昼とは打って変わり、眼下に広がる街はうっすらと橙色みがかった妖艶な輝きを放っている。遠音に響く酒を飲む人たちの騒ぐ声や、ワインの香りがほのかに鼻をくすぐる。
歴史をそのまま残した街と、パリ屈指の歓楽街という顔を持つこの街の二面性に、私は息を呑んだ。
こっち来てから夜はほとんど外出なかったし、知識としては知ってたけど、実際に見ると、思っていたものとは全然違う物だと気づかされる。
「綺麗だね……」
初めて聴いたエマの静かな声音に、思わず振り向く。
風でゆらめく長い金髪が、街明かりを反射して金粉をまぶしたように煌めいている。先ほどまで子供っぽかった笑顔は、眼下の街を映したような大人びた微笑に変わっていた。
エマの純白のワンピースの裾がはためく。そこからのぞく白い足は、少し寒そうに思えた。
「ねぇ、あずき」
その素直で温かい声に「なに?」と私は応えた。
「ありがと、今日助けてくれて」
風の音が止んだように思えた。
会ってからまだ数時間なのに、振り回されたり驚かされてばっかだ。
私は煌々と息づく街に目線を戻し、呟くように言った。
「こっちも……治してくれて、ありがと」
しばらく返答がないので、チラリと横目に見ると、肩を震わせるエマの姿があった。
「プフッ……なんで、照れてんのあずき」
「……は? 照れてないし」
顔を背けても、エマはテクテクと回り込んで私の鼻頭に人差し指を当ててくる。
「うそ、顔赤いよ?」
全く、なんて意地悪な笑顔をするんだ。
「それは……」と口をパクつかせてると、笑い混じりにエマが言った。
「寒いから?」
「そ、そう、寒いから!」
私たちのやかましい話し声はその後も、街の喧騒に負けないくらい、騒がしく続いていった。
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