第一章【血溜まりに映る愛】 第一話

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   場所は戻って路地裏。   「こう考えると、初対面にしては酷すぎたなぁ……」 「そうじゃなくて……」  暗く狭い路地裏。  大通りを行き交う人々は二人の存在に気づいていない。 「まあ、罠も無さそうだし、貴方がここに来たのならひとまずは安心ね」 「まじ? 信用しちゃって良いの?」 「信用じゃない。一時的な利害の一致」 「そっか……」  しばらく沈黙が流れた。  やがて、テティアが口を開き、 「じゃあ、今日はここでおしまいね。二日後またここで会いましょ」  と言うと、歩き出そうとした。 「あ、ちょっと待って」  しかし、ウィリーがそれを制止した。 「ちょっと渡したい物があるんだ」 「何?」  すると、ウィリーはどこから出したのか赤い薔薇の蕾の花束を抱えていた。 「なにそれ」 「お近づきの印にと思ってね」  そう言うと、テティアに花束を手渡した。  受け取ったテティアは、マジマジと花束を見る。  幾重にも巻かれた紅い花弁にはまだみずみずしさが残っていた。  何のつもりなのだろうか。 「貰っておくわ……」 あえて不服そうに言い放ったテティアだが、実際はそこまで悪い気持ちではなかった。 「ちゃんとサプライズもあるよ」 「サプライズ?」 「ほら、紙、挟まってあるでしょ?」  見ると、包装紙にメッセージカードらしき物が貼られていた。 「『恋をするには早すぎる、少女時代』白い薔薇の蕾の花言葉だね」 「白い……って、これ赤い薔薇だけど」 「ああ、そうさ」  すると、ウィリーは嗤った。  路地裏に落ちる影より深く暗い笑みをその顔に宿した。  「血濡れた白い薔薇の花束、気に入ってくれたかな?」 「……!?」  ウィリーがそう言ったのと同時に、テティアは反射的に花束から顔を離した。  急に花束が悍ましく思えてしまった。  首筋に冷たいものが伝う感覚がし、徐々に増す鼓動の音が耳に響き始めた。  血濡れた?  この男は何を言ってるの?  いや、昨晩で確信した。この男からは、内から滲み出る狂気がある。  なら、これは……。    脳裏をよぎる数々の考えが、ウィリーの発言を現実たらしめてしまう。  いつのまにか、テティアの汗ばんだ手には花束が抱えられていなかった。 「あれ、冗談のつもりで言ったんだけどな」  微笑を浮かべるウィリーをよそに、テティアは花束を拾い上げる。 「大丈夫かな?」 「っ……!」  テティアはウィリーを睨みつける。が、それでもウィリーの微笑は崩せなかった。 「とりあえず今日はお別れだけど、最後に言っておくよ」 「何を?」 「赤い薔薇の花言葉は『美』」 「は?」 「はは、お互いの立場(・・)を忘れずに頑張ろう、『鬼の吐息』」  そう言うとウィリーは大通りを流れる人混みに紛れた。  一人残されたテティアは、抱えた花束に恐る恐る顔を近づけてみた。 「薔薇の匂い……」  鼻の奥で広がる強い鮮やかな香り。紛れもない薔薇の匂いだった。  それでも拭いきれない、あの臭い。  微かにした抑えきれない血の臭い。  『恋をするには早すぎる、少女時代』  『美』  もしこれが血濡れた薔薇なら……  『淡い想いを血で塗りつぶした(正義)』 「…………」  テティアの横を通り過ぎた風に、薔薇の匂いが乗った。 「おいウィリー、さすがに遅すぎだ」  人混みを抜けたウィリーは現場に戻っていた。 「すいませんね、なかなかに手強かったんで」  ウィリーは笑った。  気の置ける中であるブリュノにさえ言えない秘密(協力)。それを隠すために。 「そうだ、一つ聞きたい事があるんだが」 「何ですか?」 「いや、ここから少し離れたところにゲロが吐かれた跡があるんだが……お前、昨晩ここにいたか?」 「……さあ。酔っ払いが吐いたんじゃないですか?」  ウィリーは戯ける。  自分の秘密を守る為に。
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