かつての巨体のひとしずく

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 まだ心臓が高鳴っている。高揚感がすごい。興奮でニヤニヤが止まらない。砂浜に人が少なくてよかったと思う。こんな顔を見られたら怪しい人に思われたに違いない。  あれから、水の塊を破壊し尽くした僕はさらにそいつの家も壊した。と言っても、壁の一面を蹴り上げれば勝手に自壊してくれた。  どうせなら徹底的に、トタンを海に投げようかと考えたが、見られるリスクの方が大きい。結局、すぐその場を後にした。  さっさと家に帰りたい。その気持ちが自然に駆け足になっていた。  だが。 「ちょっとすいません」  声をかけられた。  びっくりした。振ってきた声が、あいつの声に似ていたからだ。  僕の目の前に、影が二つあった。行手を遮るように、僕の前にたつ。  砂浜……というか海水浴には不釣り合いな格好だった。全身を隠すトレンチコートに、襟をたて、さらに帽子を目深にかぶっている。肌はどこにも見えない。顔すらもよく見えない。うっかりすると露出狂に見間違えそうな格好だ。 「少し、お話を聞いてもよろしいでしょうか?」 「……刑事さんですか?」  その振る舞いからそう聞いたのだが、違うらしい。二人組は陽気に笑うと首を振った。 「いいですけど、なんでしょうか? あまり時間がなくて」 「ああ、大したお時間は取らせません。いくつか、質問をしたいだけですので」  はあ、と生返事を返す。風につられてどこからか鉄臭い、生臭い匂いがした。 「このあたりで、妙な建物を見かけませんでした? 小屋のような、秘密基地のような」  心臓がはねた。  先ほど壊したことが鮮明に思い出される。息も少し早くなった。軽く咳をして呼吸を整えてから、「さあ、よくわからないですね」と答えた。 「建物って、海の家とかですか?」 「そんな立派な物じゃありません。小屋と呼べるかわからないような、雨風をやっとしのげるくらいの代物です」  二人組のうち、一人しか喋らない。あとの一人は僕を観察しているのだ。 「それ、砂浜にあるんですか?」 「そうです」 「それでしたら多分、見ましたよ」 「……どこでです?」  後ろを指差した。 「ここをずっと行った先に、それらしき物がありました。ですが海風に煽られたんでしょう、壊れてましたよ」  二人がゴニョゴニョと会話をしている。向こうからきたことは知られているのだ。だとしたら、下手に隠すより言ってしまった方がいい。 「ありがとうございます。向こう、ですね」 「ええ、砂浜の終わりです」 「ご協力感謝します」 「いえいえ」  笑顔を返して、立ち去ろうとする。すれ違いざま、「あの」と今まで黙っていたもう一人が口を開いた。吐きそうになった。 「それ、何を持っているんですか?」 「これ……ですか?」  手に持っていたスーパーの袋を持ち上げる。 「大した物じゃありませんよ……クラゲです」 「クラゲ……ですか」 「砂浜にいたのを拾ったんです。珍しいんで、なんとなく拾ったんです。種類がわからなかったので、持ち帰ってからあとでネットで調べてみようと思いましてね」  袋を開いて中をみせる。覗き込もうとはしなかったが、二人は僕の言っていることが真実であるとわかったようだった。 「もういいですか?」 「ああ、これは失礼いたしました。重ね重ね、ご協力、感謝いたします」  二人は頭をさげて、僕も会釈をする。それから一度も振り返らずに家に帰った。
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