花が咲くころに教えよう

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 彼女とは同じ学部だけれど、ゼミも違うからほとんど話したことがなかった。それでもキャンパス内で初めて彼女を見たときは心臓が熱くなった。鉱山から宝石を発掘したような心地だった。ショートヘアーの髪を耳にかけるしぐさはあまりの美しさに息が止まった。何より彼女の魅力は笑顔で、その爽やか笑みは思わず目を細めてしまうほど眩しい。 そんな縁遠い僕らの距離が一瞬近づいたのは一般教養の講義でのことだった。 講義の最中、僕はポケットに財布がないことに気づいて猛烈に焦った。教授がぼそぼそと話をしている最中も脂汗をかきながらずっと自分のポケットやリュックの中身をひっくり返してくまなく探したが、全く見つからない。もしかしたら今日は持ってきてないとか? いや、それはない。間違いなく家を出るときには後ろポケットに入れていた。するとどこかで落としたのだろうか。通学路かキャンパス内か、それよりもまずは交番に行ってカードを止めてもらうんだっけ? 「あの」と財布のことに気を取られていた僕に誰かが話しかけてきた。  それが君だった。君は汗だくの僕を見てふふふと笑い、僕の席の下を指さす。いつの間にか君が隣の席にいたことに驚きながらも僕は彼女の射す舌を見下ろして愕然とした。そこには正真正銘、僕の財布が落ちていた。僕は恥ずかしさで中々顔を上げることができなかった。なんてダサいんだ。これじゃあまるで―――。 「眼鏡眼鏡で結局かけているようなこと、私もよくあるよ」  僕が思っていたことと同じことを言った彼女は例の太陽のような笑顔を向けていた。 「鍵がないと思ったら目の前にあったり、さっき買いものしたばっかりなのにあれ買い忘れたかなって不安になったり。私も君もそそっかしいね」  恥ずかしいところを見られたどころか同情までさせてしまった。それでも彼女が笑ってくれるなら少しは役に立っているのかな。 「そうだね」の「ね」が言い終わる前にチャイムが鳴って、周りの学生がざわざわと返り始めた。 「またね」と彼女も席を立ち、後ろのドアから教室を後にした。  それからも会えば会釈したり、一言二言会話したりする関係が続いた。僕はずっと彼女に恋していたが、彼女の周りには友達がたくさんいて、それこそかっこいい男性も少なくはなかった。そんな中斬り込んでいく勇気もなく、年月だけが過ぎていった。  しかし、僕も男だ。こんなところで怖気づいてたら駄目だと思った。それに彼女への想いは膨れ上がるばかりで、いつか消滅する気配はまるでなかった。  告白はやっぱり直接するものだ。フラれるなら盛大にフラれようではないか。そう決心したのが昨日で、今日がたまたまホワイトデーだった。  彼女は未だ困惑した表情で目の前の鉢植えと僕を見比べている。
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