花が咲くころに教えよう

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……びっくりした。バイト終わりに店の裏口から出るとあなたが立っていた。三月の風はまだ肌寒くて彼は唇を震わせていた。緊張した面持ちで立ち止まっていると、彼の方から近付いてきて、いきなり告白された。驚いて手で口を押さえた。  私がずっと密かに想っていた人から告白された。こんな偶然が世の中にはあるの? 私は状況がつかめずにしばらく言葉が出なかった。  あれは高校三年生。後期試験を受けている中、私はお腹を押さえてうずくまる。試験どころではなかった。  もともと試験と女の子の日が重なるということもあり、事前に薬は飲んでいたのだが、今日に限ってきつい。ズキズキと脈打つ腹痛と吐き気で眩暈がする。でも、今トイレに行きたいなんて言ったら周りからじろじろと見られるし、試験もすべてこたえられないかもしれない。周りの生徒はこれがラストチャンスと必死にペンを走らせている。私も早く問題を解きたいけれど、文字を書こうとすればすぐさま腹痛の波が激しくなる。痛みと悔しさで涙がこぼれる。  そんな中、後ろの生徒が「すみません」と立ち上がった。 「どうしてもトイレに行きたくて、今から行ってもよろしいですか?」 「……わかりました」と明らかに難色を示す試験官に礼を言って彼が動いた。その時、私の背もたれがコツコツと鳴った。今の音は気のせいだろうか。いや、間違いなく後ろの生徒が鳴らした。その人が出て行く一瞬、私は顔を上げた。それがあなただった。彼が出て行ってから迷った末に私は小さく手を挙げた。 「あの、私も」と言うと、試験官は眉間に皺を寄せる。そう連続でトイレのために立つとこの表情をしてしまうのも仕方がない。でも、もう限界だった。  その時、ドアが開いて女性試験官が私の隣に来た。彼女は何も言わずにわたしを立たせて後ろのドアから教室を後にした。彼女に体を支えられて私は保健室に連れていかれた。ベッドに横になって安心したのか波が落ち着き、いつのまにか寝てしまった。  はっと起きて腕時計の時間を確認して息をのんだ。試験はとっくに終わっていた。きっと教室を埋めていた生徒たちも一人残らず帰っていることだろう。私は泣きたい気持ちを抑えるようにシーツを握った。せっかくこれまで頑張ったのに、頑張って来たのに……。 「目が覚めた?」と仕切られていたカーテンが開いて白衣を着た保健室の先生が現れた。もうお腹の痛みは感じない。でも、心の痛みが深く深く刻まれていた。 「これ」と急に先生は私の頬にペットボトルを当てた。ひやりとして体を離すと先生が柔らかな笑みをしていた。 「あなたのことを教えてくれた男の子が昼休みに持ってきてくれたのよ。水なら飲めるかなって」 「あの人が」と私はペットボトルを受け取る。火照った体の熱がペットボトルにゆっくりと移っていく。 「それと、もし時間がるならこれから試験の途中を受けられるけど、どうする?」 「え!」と思わず大きな声が出た。もう試験は終わっている。どうしてそんなことが。 「それも彼が頼んだらしいのよ。熱や風邪はともかく、女の子の日はどうしようもできないでしょう。それで受けられないのはあまりにも酷だって」  せっかく出て行った熱が高くなっていく。しかし、それはお腹からではなく胸のあたりから、優しい夕陽のように温かい熱だ。 「どうする? やる?」  そんなの一択しかない。私はすぐにベッドから起き上がった。
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