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それから数年が経ち、僕はチームのリーダーとなった。その日もあの時と同じ雨の後の曇り空。どんよりとした空気が社内を覆い、そこはもとのオフィスよりも一段と狭く感じた。今も変わらずオフィスの床を忙しなくローファーが叩き、雨に濡れた床と靴底が滑る音が充満する。
あれ以来人が変わったように大人しくなったフナオさんが、人形のように無機質な目で黄ばんだキーボードを打っている。それを見やると僕は自分のパソコンに目をやり、顧客のデータを埋めていく。ひと段落し、今までの癖で眼鏡を直そうとする手が空振る。少し恥ずかしく感じ、手をそのまま顔のえらのニキビに添える。新しく入った女性社員を見やると、一生懸命に書類をめくりながらパソコンと格闘していた。快活で元気、少女らしい一面を持った無垢な子だ。部下の中でも彼女は僕のお気に入りで、色々と教えてきた。前に僕が掛けていた眼鏡によく似た眼鏡を掛けている。彼女のかける黒縁の眼鏡を見ていると、家で買っている金魚のことを思い出した。そうだ、帰りに餌を買っていかないと。
すっかり目が大きく膨らんだキャリコ模様の金魚はぶくぶくと太り、元気に金魚鉢の中を泳いでいた。新しい住民の和金は、その種には珍しく大人しい。しかし優雅に、鮮やかな色をたたえている。
次は、どんな金魚を飼おうか。
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