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結局その日、珍しく社内に残る人間は先程の件に追われる彼女と僕のみとなっていた。昨日の夢に囚われた僕はまともに頭が働かず、ただ悶々と彼女の知らない表情を思っていた。それでも一応説教された書類の件は確認しておかなければと思い、社内共通のフォルダとは別に保存している自分の獲得した顧客のリストを確認した。しかしそこに例の契約書類は存在しなかった。まさかと思い何度も確認するがやはり存在しない。そして共通のフォルダにあるそのページを開くと、
「担当者 大井出」
の記載。
しかし前日になっているはずの更新日が今日の日付になっていた。
心臓が高鳴る。あの優秀で人気者で姉御肌の彼女の知らない顔がひとつ覗けた、そんな勝ち誇るような気持ちが胸を満たす。曇り空のようなどんよりとした感情が首をもたげ、僕をそそのかす。その衝動に駆られ、僕は彼女のデスクへと向かう。
いつもとは明らかに様子の違う僕を見た彼女は、怯えながら虚勢にも近い語気の強さで僕に言う。
「どうしたのよ」
少し震えを伴った声を放ちながら、彼女は目線を泳がせる。それを真っ直ぐと見据えた僕の体は、作り立てのカップ麺のように汗と雨の蒸気を放っていた。もう、止められない。
「僕の家、金魚がいるんですよ」
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