金魚鉢

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 夜になり外が暗くなると、次第にオフィスからは人が減っていった。チームの人間はとっくに退勤し、残る人間も僅かになった辺りで僕も今日の仕事を終え、帰り支度を整えた。廊下に面している給湯室からは、今から飲みにでも行くのであろう女性社員たちが残って噂話をしていた。時折その会話の中にオオイデという音を見出すと、その時の話題の大半は悪口だった。初めて聞いた時には大変ショックだったが、もうそんなことも慣れっこになっていた。ビルの狭く汚い階段を降りると、雑多なビル街が姿を現した。人の群れがわいわいと騒ぎ立て、別の世界に迷い込んでしまったかのような感覚に晒される。むわっとした雨の残り香と飲食店の匂いに酔いそうになる。時刻は夜の八時を回ろうとしていた。    満員電車に揺られ、たっぷりと疲れの匂いを嗅がされるといつも暗い気持ちになる。いつまでもこの辛い時間が続いていくような、空を充満する灰色の雲にじりじりと押し潰されるような感覚が疲れた体をより重たくする。人々の流れに押し出されるように電車を降り、自動販売機でジュースを買う。その隣で大きな音を立て走る電車の線路に飛び込んでしまおうかとも何度も考えた。とはいえ、飛び込もうとする人間を見る人々の冷たい視線や死という漠然とした恐怖を思うと、とてもそんなことは出来ないと思い直すのが常であった。
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