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ざっくりとした作りの古いアパートの階段を滑らないように登り、自宅の鍵を取り出す。高校生の時に親からもらった金魚のキーホルダーはすっかり色が落ち、白いプラスチックにところどころ赤が残るだけになっていた。鍵を回しドアノブを回した。古びたドアは不快な音を立てながら面倒くさそうに開き、僕は倒れるように部屋の中へと入っていった。
就職が決まり引っ越す時に買ってきた安いテーブルの上には、昨日食べたカップ麺のゴミと少しだけ中身の残ったペットボトル、それとビールの缶が残っていた。それらの隣には金魚鉢と金魚。餌もそこに置いてあった。前に、ストレスにはペットが良いとインターネットの記事で読んだ僕は仕事帰りに金魚を買ってきた。
キャリコと呼ばれる赤、白、黒の三色の模様の出目金がのろのろと狭い金魚鉢の中で泳いでいる。プラシーボ効果というやつだろうか。ゆらゆらと揺れるヒレが綺麗で、それを見ているとなんとなく癒される気がする。僕はその前に置いたこれもまた安く色のあせた座椅子に座り、アナログ時計のチッチッという時を刻む音を聞きながら金魚をぼんやりと眺める。通常、出目金は孵化から三ヶ月ほどで目が突き出るらしい。しかし我が家のこの出目金は未だにほとんど膨らみが見られなかった。毎晩仕事から帰ってきた時にそろそろ膨らみ始めてはいないだろうかと金魚を見る瞬間が密かな楽しみだった。
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