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 それから一ヶ月後に祖母が倒れた。  命に別状はないということだったが、緊急で運ばれた総合病院に僕は急いで駆けつけた。 「ああ……健太……迷惑かけてごめんね」  祖母は案外意識ははっきりしていて、病室に現れた僕を嬉しそうに迎えてくれた。しかし、弱りきった手の力、身体を起こすのもしんどそうな様子から、残された命がもうそう多くないことを感じずにはいられなかった。  そんな祖母だが、口を開いては、自身のことよりチヨちゃんのことを心配してばかりいた。 「知世乃は……大丈夫かしら。今どこにいるの?」 「大丈夫だよ。ショートステイの施設が一時的に泊めてくれているよ」  祖母は納得した様子で、険しい顔を和らげたが、今日同じことを聞かれるのは六回目だった。 「健太には、心配ばかりかけてごめんね。もうおばあちゃん、歳だから……」 「大丈夫」 「千早さえ生きてくれていたらねえ」 「……しょうがないよ。お母さんも突然のことだったからね」  僕の母は、脳出血で四年も前に他界している。僕が幼い頃に、母は父と離婚していた。祖父も既に故人であった。  母が亡くなった今、残された祖母、叔母の頼りは、僕しか残されていなかったのだ。  それから、他愛もない話をして、幾度となく話題がループした。 「それじゃ、僕はそろそろ帰るよ」 「ありがとうね……」  ベッドで目を細めながら、祖母が手を振った。席を立ちかけた僕に、ああ、と思い出したように祖母が声をかけた。 「知世乃なんだけれど」  また同じ話か、と思ったが、祖母の様子が違っていた。唇を震わせながら、不安げに虚空を見つめていた。 「おばあちゃん、大丈夫?」 「あの子は、わたしを恨んでいやしないだろうかねえ」  僕は面食らって、二の句が告げずにいた。 「あの子に申し訳ないよ」 「どうしたの……チヨちゃんがおばあちゃんを恨むことなんてないよ」  祖母の手を握って、子をあやすかのように宥めたが、年季が入った顔の皺を余計にくしゃっとさせて、とうとう祖母はさめざめと泣き出してしまった。 「申し訳ない……申し訳ない……」  祖母は、泣きながら、謝罪の言葉や、要領の得ない呟きをぶつぶつと唱えていた。僕は、どうしていいか分からず、ただ祖母の手を握っていた。  泣き声はどんどん小さくなっていって、祖母は最後には疲れたように寝入ってしまった。  起こさないようにゆっくりと手を離し、僕は病室を出た。  帰り道、頭の中では祖母の声がぐるぐると反響していた。  断片的な呟きは、もごもごと判別がつかないものが多かったが、辛うじて聞き取れた言葉が、僕の胸の奥に鋭く刃を突き立てていた。 『ちゃんと産んであげられなくてごめんね』
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