1人が本棚に入れています
本棚に追加
2.
それから一ヶ月後に祖母が倒れた。
命に別状はないということだったが、緊急で運ばれた総合病院に僕は急いで駆けつけた。
「ああ……健太……迷惑かけてごめんね」
祖母は案外意識ははっきりしていて、病室に現れた僕を嬉しそうに迎えてくれた。しかし、弱りきった手の力、身体を起こすのもしんどそうな様子から、残された命がもうそう多くないことを感じずにはいられなかった。
そんな祖母だが、口を開いては、自身のことよりチヨちゃんのことを心配してばかりいた。
「知世乃は……大丈夫かしら。今どこにいるの?」
「大丈夫だよ。ショートステイの施設が一時的に泊めてくれているよ」
祖母は納得した様子で、険しい顔を和らげたが、今日同じことを聞かれるのは六回目だった。
「健太には、心配ばかりかけてごめんね。もうおばあちゃん、歳だから……」
「大丈夫」
「千早さえ生きてくれていたらねえ」
「……しょうがないよ。お母さんも突然のことだったからね」
僕の母は、脳出血で四年も前に他界している。僕が幼い頃に、母は父と離婚していた。祖父も既に故人であった。
母が亡くなった今、残された祖母、叔母の頼りは、僕しか残されていなかったのだ。
それから、他愛もない話をして、幾度となく話題がループした。
「それじゃ、僕はそろそろ帰るよ」
「ありがとうね……」
ベッドで目を細めながら、祖母が手を振った。席を立ちかけた僕に、ああ、と思い出したように祖母が声をかけた。
「知世乃なんだけれど」
また同じ話か、と思ったが、祖母の様子が違っていた。唇を震わせながら、不安げに虚空を見つめていた。
「おばあちゃん、大丈夫?」
「あの子は、わたしを恨んでいやしないだろうかねえ」
僕は面食らって、二の句が告げずにいた。
「あの子に申し訳ないよ」
「どうしたの……チヨちゃんがおばあちゃんを恨むことなんてないよ」
祖母の手を握って、子をあやすかのように宥めたが、年季が入った顔の皺を余計にくしゃっとさせて、とうとう祖母はさめざめと泣き出してしまった。
「申し訳ない……申し訳ない……」
祖母は、泣きながら、謝罪の言葉や、要領の得ない呟きをぶつぶつと唱えていた。僕は、どうしていいか分からず、ただ祖母の手を握っていた。
泣き声はどんどん小さくなっていって、祖母は最後には疲れたように寝入ってしまった。
起こさないようにゆっくりと手を離し、僕は病室を出た。
帰り道、頭の中では祖母の声がぐるぐると反響していた。
断片的な呟きは、もごもごと判別がつかないものが多かったが、辛うじて聞き取れた言葉が、僕の胸の奥に鋭く刃を突き立てていた。
『ちゃんと産んであげられなくてごめんね』
最初のコメントを投稿しよう!