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「めぐすり」  知世乃(ちよの)ーー僕の叔母は、唐突に呟いた。僕は、彼女をチヨちゃんと呼んでいる。僕の母がずっとそう呼んでいたからだ。  チヨちゃんの目の前に座る内科医は、怪訝な表情をした。  最近変わったことはあったか、という返答がこれでは当然のことだろう。 「ああ、目薬がね、むかーしにもらったやつが切れたみたいなの。また出して欲しいわあ」  すぐさま、僕の祖母がそう言った。チヨちゃんのすぐ横に寄り添うように座っている。  内科医は、納得したように処方箋をパソコンに打ち込んだ。 「あー、とにかくね、知世乃さんは血液の結果は、いつも通り。糖尿病と高血圧。劇的な悪化はないけど、食生活には気をつけさせるようにね」  はい、と祖母は神妙な顔をして頷くが、きっと明日には忘れているだろう。  内科医は、祖母とチヨちゃんの方に視線を向けていたが、実際は、二人の後ろに立つ僕に内容を覚えてもらいたいのだろうなと、なんとなく理解した。 「じゃあ、二人とも待合室に行っていて大丈夫ですよ。キヨ子さん、お孫さんと話させてもらうからね」  祖母とチヨちゃんが診察室から出ていくと、内科医はさて、と切り出した。 「今日は来てくれてありがとう。やっぱりね、お孫さんがいるだけで落ち着くのか、キヨ子さんの話もスムーズだよ。君は、キヨ子さんとは別の家に住んでるんだよね?近いの?」 「ええ、僕は妻と、アパートに暮らしていて……おばあちゃん家までは車で30分といったところだと思います」  なるほど、と内科医は相槌を打つ。 「知世乃さんは、まあいつも通りの内容だけど、やっぱりキヨ子さんがね……。もう腎機能もほぼ機能していない。そのことは、聞いてるね」 「はい」 「本当なら透析が必要になるけど、ご本人は拒否している。これも聞いているかな?」 「はい」  内科医は、深くため息をついた。 「知世乃さんの世話があるからといってね……。家でご自身で行う透析は、もうだいぶ記憶力が落ちてしまっているから不可能だろう。知世乃さんが、手伝える状態ならよかったけど、それも無理な話だね……誰か手伝えるひとがいればね……」  そこで、内科医は意味ありげに僕に視線を送る。僕は、それに気付かないフリをして、無言で視線を切った。ぎこちない沈黙が続いた後、諦めたように内科医が話を続けた。 「……しょうがない。もう85歳だ。寿命と思おう。キヨ子さんが亡くなったら、知世乃さんをどうするかっていう話は進んでいるかい」 「ケアマネージャーさんと、一応お話はしています。あと重度の知的障害者ということで、区役所の支援課の人も気にかけてくださっているので、そこら辺は円滑に進みそうです」  よし、と内科医は頷く。 「大変だと思うけど、よろしくね」 「僕にできることであれば」  できないことはしない、という裏返しの言葉を返した。
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