114人が本棚に入れています
本棚に追加
「クラウディア! 待って、早っ、歩くの早い……っ!」
「クロード。二人の時は、そう呼ぶ約束」
「クロード! 私、高いヒールに慣れてないからそんなに早く歩けないっ」
エルフの国のエルフのお城。エメラルドと白の花で造られた長い回廊。水晶の窓から見える、人間界よりも大きな月。
掌サイズの妖精たちが何事かと透明な羽根を羽ばたかせて着いて来る。
『若様、若様。帰ってきたの?』
「そうだよ。ただいま」
『人間界のおべんきょうは終わり?』
「うん。やっと目的を果たしたからね」
『やったー! おかえり若様!』
『おかえり若様!』
『その人が、若様のおヨメさん?』
「それはこれから説得するところ。だからお前たち、父上と母上には後で挨拶に行くと伝えておいて」
『わかったー!』
『わかったー!』
『若様ふぁいと!』
シャラシャラと不思議な音色でさざめく妖精たち。妖精語はよくわからないけれど、彼女たちで着せ替えをしたら楽しそうだなと思う。
(ドールハウスとかけっこう好きだったんだよね私)
──そんなことを考えていたからか、緑柱石の床の何も無い場所で思い切り躓いた。
受け止めてくれたのはもちろんクラウディアの白く細い腕。
「ごめんフィーナ。君を早く私の部屋へ連れて行きたくて気が急いてしまった」
「クロードの部屋へ向かっているの?」
「そう、私の部屋。……フィーナの足を痛めてしまったら大変だし、私が抱えて行った方が良いね」
「え?」
ふわり。と私の背中と膝裏を支えたクラウディアが、まるで重さなど感じていないかのように立ち上がる。
(んなっ?! お姫様抱っこーーーーっっ?!)
「────あぁ。やっと君に真実を告げられる」
「ク、クロードっ?! おも、私、重っ!」
「フィーナが重いなんて、そんなこと有るはずないじゃない」
言葉通りに少しもふらつくことなく、しっかりした足取りで私を抱いたままクラウディアは緑色の廊下を歩む。
一歩一歩。進むごとに。
一歩一歩。彼女の部屋へ近づくごとに。
それは小さな違和感。僅かな変化。
「人間界に要請されたくだらない交流なんて、すぐに切り上げて帰ってくるつもりだった」
月光を受ける銀髪も。ずっと見つめていたいと思う紫の瞳も。陶器みたいな白い肌も。
みんなみんな、私の知ってるクラウディアと同じ。
みんなみんな、私の親友のクラウディアと同じ。
「人間相手に本来の私の姿を見せる必要など無いと」
ねぇだけど。
彼女の頬のラインは、こんなにシャープだった?
彼女の喉に、こんな隆起は最初から有った?
「けれど、君が私を親友と呼んだあの日から」
鼓膜を震わせる美声は確かに彼女のものなのに。彼女の声だとわかるのに。
何故、『彼女』ではなく『彼』だと感じるの?
「あの薄汚い男が君との婚約を解消するまで友として君の側にいると決めた」
青いドレスは青いローブに。エルフ特有の耳を飾っていた宝石はサークレットに。
結われていた髪は、サラサラと肩に流れ落ちる。
「クロー、ド……?」
私を支えていた腕は、もう細くなんてない。
身長だって、きっと10センチ以上高くなっている。
こんなの、こんなの──
「着いたよフィーナ。ここが私の部屋だよ」
こんなの──
こんなのまるで、クラウディアが男の人みたいじゃない。
最初のコメントを投稿しよう!