4月10日 清明 万物は清々しく明るい。なのに僕は……。

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4月10日 清明 万物は清々しく明るい。なのに僕は……。

4月10日 薄曇り 清明(せいめい) 入学式  春が訪れ桜が芽吹き、万物は全て浮かれて美しい。  紫帆(しほ)、今日は初めて君を見かけたのと同じ日。  あれは丁度5年前か。あの年は今年より少し寒くて、それからまだ桜が散りきっていなかった。ふわりと暖かい湿った桜の木の香りを乗せた風がひゅうと君の後ろから吹いて、それを追いかけるように薄桃色の小さな花びらが何枚も僕の脇を駆け抜けていった。  その記憶は今も鮮烈で、目を閉じるとジジジと古い映写機を回すように真っ暗な世界の一部が桃色に変わる。そう、この道の両脇を覆う桜並木と妙に薄い青色の空。ピンク色の絨毯のように風にそぞろ流されるたくさんの花びら。全てが一時の夢のようにふうわりとしていた。  そうだ。僕は入学式に桜並木を歩く君に一目惚れしたんだ。  でも今年はもう桜はすっかり散ってしまって黒に近い焦茶色の桜の幹には黄緑色の葉が揺れている。その木漏れ日がキラキラと歩道を揺らし、その下をあの時と同じように新入生が笑いながら歩いている。  今年はあの年より気温はずいぶん暖かいけれど、もう君と僕が隣り合って歩くことはない。そう考えると、なんだか暖かいはずの春の風もずいぶん寒々しく感じる。  でもね、紫帆。僕は君とずっといるよ。君が僕を温める。ずっと一緒にいよう。  今年も春が来た。
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