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女狩り お題【スナックのパパ】
よろよろしながら、夜道を歩いていた。
今日はいつもより、飲み過ぎたんだっけな。
高架下の通りにぼやっと灯る看板を見つける
。
〝IKEMEN〟
グレーをバックにブラックの文字でそう、書いてある。カフェか何かだろうか。
吸い込まれるように、小さなビルの階段をハイヒールで登っていく。
ゴールドの手すりを握る。
重厚な扉をギーッと開けると、カラン!
そこにはオシャレな空間が待っていた。
ダークブラウンを基調とした家具たち、カウンターは大理石。
「ようこそ、僕がここのスナックのママ」
スナックには見えない、カフェの様な空間。
現実から逃避できるような異空間。
そして、目の前のイケメン。
ここのスナックのママ?パパ?
お客は誰一人居ない。
このイケメンと二人きりの様だ。
振られた夜は、
こんなイケメンに優しくされてもいい、なんて思う。
「こちらにどうぞ」
と二人掛けの革張りのソファーへと案内される。
イケメンはシルバーの細長いグラスに注がれたカクテルをテーブルへと置き、私の横へと腰掛けた。二人では少し狭いぐらいのソファー。
すでに酔っていて脈が上がるのか、近すぎるから上がるのか分からない。
言葉はなくてもそんな瞳で見つめられるだけで、心を許してしまいそうだ。
「私、振られちゃって……」
「そんなんだ、可愛いそう。でも僕がいるから大丈夫だよ」
初めて会ったのに彼が居れば、大丈夫な気がした。それぐらい優しい言葉で、優しい眼差しで。
吸い込まれるように胸に顔を埋める。
彼に包まれながら、恋をしてしまった様な感覚に陥る。恋愛ドラマのワンシーンの様で、自分がヒロインになったみたいだ。
「僕の事好きになっちゃった?」
「うん……」
「バッカだなぁ、女って……」
「……え?」
首を上げた瞬間に、首元に冷たいモノがヒュルリと掛かった気がした。
同時に息が苦しくなる、痛い、痛い。
シルバーのワイヤーが食い込んでいく。
目の前のイケメンは血走った目を見開き、話始めた。
「女ってほんと、イケメンに弱いな。看板にそう書いてあるだけで、のこのこやってくる」
「う…うぅ……」息が出来ない、苦しい。
「僕は女が嫌い、大嫌い。だから、コロス。
なぜかって?母親からは虐待され、ブサイクだった僕はたくさんの女にいじめられてきた。
ただ、顔がブサイクってだけでだ。
酷いだろ?だから必死で働いて整形した。イケメンになった途端、女が驚くほど寄ってきた。
たくさん貢がせて、捨ててやった。でも、それだけじゃ満足出来なかった。
だからこのスナックに来た女たちを殺すことにしたんだ。苦しんでる顔を見るとゾクゾクするんだ!ほら、キミも苦しいだろう?」
苦しい……けど、なんか悲しい目をしている。彼の背後へと目を向けると、棚の上に写真が二つ飾ってあるのが見えた。大人の女の人と小さな女の子の写真。
「二人も……あなたが殺したの?」
もう、声が掠れて、出ずらい。
「違う、二人はストーカーの女に惨殺された。その女を初めて殺した。それから殺すようになった」
不思議と殺されるという恐怖はない。
ワイヤー越しに彼の憎しみを感じる。
「辛かったでしょうね…でも二人は……こんな事……望んでないと思う……」
首の締め付けが少し緩む。彼は涙を滲ませながら、首を横に激しく振った。
「妻に会って子供も産まれて、女への憎しみなんて消えていたのに……あの女が心に火を点けたんだ!」
また、ワイヤーにグッと力が入る。
苦しい、でも、首だけじゃなく胸も苦しい気がする。
「こんな事……やめて……あの二人もこんな……あなたを見たくない……と思う」
ぱっとワイヤーが外れ、ドンッとソファーに背中をぶつけた。
彼は二人の元へと駆け寄り、「帰れっ!」と私に向けて呟いた。二人の写真を胸へと抱き締め、小刻みに震えた背中は悲しみに染まっている。
私は急いで扉に手を掛け、憎しみと悲しみのこもった部屋から逃げ出す。カンカンと階段を降り、地上へと降り立った。
バリンッ!
スナックの窓からは悲しみの火の粉が上がる。
天空へと、二人の元へと、届けばいいなと思った。
見上げた私の頬には一粒の雫が伝う。
end
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