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コレクター お題【左手】
マシュマロの様な白妙の肌。
マシュマロの様にしなやかな感触。
麻酔をかけられた様に彼女の匂いに溺れていく……
脳裏の片隅に映る二人の笑顔。
でも、もう、彼女からは逃れられない。
瞼に眩く刺す光を感じ、スッと海底から目を覚ます。ようやく水面から顔を出して、必死に空気を吸い込む。
「はぁ〜」
「目が覚めた?」
ニヤリ。
彼女が目の前で三日月の様に微笑む。
いつもより妖艶な笑みだ。
俺は知らない間に木の椅子へと縛り付けられていた。結束バンドで両足、右手は椅子へと縛られている。左手だけ自由だ。
意味が分からないまま、体を左右へと揺らす。
ガタガタ。
「え?何?何かのジョーダン?」
彼女は長い髪を耳へとかけながら、左手をある方向へと指さす。
俺はゴクリと息を呑みながら、首を右の方へと回転させる。
「ぎゃーーっ!!!」
ダークブラウンの棚の中には、ホルマリン漬けにされた手首が綺麗に並んでいる。マネキンの手首の様にスパンと切断されている。
生きているように生々しい肌色だ。
「私は左手のコレクターなの。既婚の男って左手に指輪をしてるでしょう?それが気に入らない。だって私という女が居るのに、全然別れてくれないんだもの。罰として左手を切断してやるの」
「え……?」
心臓が死にそうなぐらい早くなる。
変な汗が背中を滴る。
あの、手首は……
今まで付き合ってきた男たちの?
「あの左手を眺めていると、その男の事を思い出すの。君が一番だなんて言ってたけど、結局は奥さんの所へ帰っていく。みんなバカな男ばかり。私を選んでいれば、殺されてコレクションされる事は無かっただろうに」
「あなたもバカな男よね?私の事は本当に愛していない。奥さんを愛しているんでしょう?」
左手をぎゅっと掴まれ、もう一つの机へと固定させられる。長い爪が左腕の輪郭をスーッと撫でていく。体中の血が凍っていくのを感じる。
「俺は君を愛してる!だから殺さないでくれっ!!!」
「みんなそう言って命乞いするの。バカな奴らばっか。だったらその結婚指輪を外して、今すぐ飲み込む事が出来る?」
「そ、それは……」
妻の顔が浮かぶ。あの柔らかい穏やかな笑顔。
今ようやく、自分のしてきた事の重大さに気付く。一番大切なものを何で壊す様な事をしてしまったんだ。
この女の誘惑になんて何で乗ってしまったのだろう。
たった一つの過ちが人生をめちゃくちゃにする。命までも奪ってしまう。
……俺は本当にバカだ。
「ごめん、ごめん……美咲、ほのか」
今さら謝罪の涙を溢しても、何もかも……
遅い。
「バカな男」
チェンソーの音が不気味な部屋に響く。
目を瞑ると、また透明な雫が頬をつたった。
左手の血管が千切れた音と共に、
俺は絶命した。
終
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