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紅南は恐る恐るその青の方に顔を向けた。
見たところ化物ではなく人間のようである。青い和服を纏い、長い髪は乱れもせずに肩にかかっている。
その恰好が普通の人間じゃなさそうなことや、500人の村人の中にそれらしい人がいないことは置いておいて、とりあえず紅南は安堵のため息をついた。
「お前、一体……?」
その言葉は、化物のものである。紅南の隣に投げかけられた。
自分の問いかけには応答しないくせに、やっぱりちゃんと話せるんじゃんか。紅南は少しばかりへそを曲げる。
「僕……?」
青い服の人間は、弱々しくそう応答した。その声と容姿から、紅南と同世代の少年のようだ。
少年は質問には答えずにぽけぇと辺りを見渡す。
「まぁいい」
化物の、腹の底を撫でるような声が響く。
紅南の本能が警鐘を鳴らし、彼女は少年の前に立って化物の行く手を阻んだ。
「餌がひとつ増えただけだ」
「……餌?」
気味悪い笑みが化物の顔いっぱいに広がる。応答はない。
どうしたものかと頭を悩ます紅南に、化物は容赦なく襲い掛かる。
「は?」
化物の攻撃を避けきれなかった紅南の頬に血がにじんだ。
その匂いに少年はたった今目を覚ましたようにして、目の前の理解しがたい状況に目を丸くする。
「は、何これ」
少年が慌てふためく声を上げようが、化物の攻撃は止まらない。紅南は避けるのに精一杯で少年に答える余裕はない。
このままでは紅南が化物の"餌"にされ、次いで少年が狙われるだけだ。
ほどなくして、ついに紅南が膝をつく。
疲労と、落葉のせいで滑りやすい足場と、背後の少年を守らなければならない状況が重なって、これ以上は避けられない。
間髪入れずに放たれた化物の攻撃はしかし、紅南まで到達することはなかった。
水だ。
直径がメートル単位の巨大な水鉄砲から放たれたように、大量の水が化物を襲う。
濁りのないきれいな水。雨は長らく降っていないし、大きな川や海も、近くにはない。
化物はあっけなく突如現れた水に飲まれ、水の中でもがきながら何度も木々にぶつかって山の下まで落ちていった。
水は途中で霧のように消え去り、乾燥した森が残される。
「――どゆこと」
呆然とする紅南の後ろで、少年が尻もちをつく。彼は、ただ驚いたにしてはひどく息を切らしていた。
「あなた何者?」
紅南の問いかけに対して、少年は戸惑う視線を返すばかりだった。
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