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近江谷村は山に囲まれている。2人が歩くのはその山の中、山を下ると紅南の家がある。
紅南の家は村で一番南に位置する家だ。そこから北上していくと百件余りの家が立ち並び、最北には大宮家というこの地を統べる家筋の人たちが住んでいる。
義務教育は村内で受けることができ、日用品や食料品を売っているお店も存在する。
簡単なクリニックもあって、資格を持つ村人が医師として働いている。
これらの施設は、すべて大宮家が管理している。
村人の半数近くは村の中で林業・農業を営んでいる。村にあるお店や学校で働いている者も多い。
ネット回線は引かれているのでリモートワークを行っている者も一定数いて、義務教育を通信で受けている子供も少なくない。
田舎ではあるが、決して時代に乗り遅れているわけではないのだ。
だから、村から出るのは高校や大学に通う者とか、その他特殊な事情がある者ばかりで、村人のほとんどは村を出ずに一生を送る。
紅南の母親は村から出ている者の数少ないひとりだ。
「さっきの巻物と火のことなんだけどね」
紅南が口を開いた。彼女は火の中に包まれながら疲弊した様子もなく、慣れた様子で山を下っていく。
後ろを歩く少年が、紅南に視線を向ける。
「多分、巻物を踏むか何かすると、火とかを作れるようになるんだよ」
少年は眉をひそめた。何を言っているんだと釈然としない様子の少年を、紅南は気に留めない。
「私が転んだところに多分巻物が落ちてて、それで私は火を作れるようになって、山が燃えたんだと思う」
「何それ」
「で、巻物を踏んだら、その巻物が手に移動するんだよ。ほら、あなたも持ってたでしょ」
2人はようやく黒い大地を抜けた。立派な和風の一軒家が見えて、少年は紅南に、「あれが私の家だよ」と説明を受けた。
「そんなことってありえるの?」
「え?」
「巻物の話」
ただの紙を丸めたものが、人間に特殊な力を与える。それも踏むだけで。人に能力を与えた巻物は、自ら移動してその手に収まる。
そんなことがありえるのか。少年は納得していなかった。
少年の疑問に紅南はうなずき、はっきりと答えた。
「ありえるよ」
少年は一層眉をひそめた。彼女の言い方に一切の迷いがなかったから。
紅南はようやく彼の不満に気付いて、「多分ね」と付け加えた。
「その辺の話は家の中でしよっか」
ちょっと用があるんだよね。そう言った紅南は、まっすぐ前を向いていた。
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