十四話-夜

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「ね、ねぇ。お話の続きとか、しなくていいの?」  そう切り出したのは紅南だった。  日がほとんど落ちて薄暗くなった部屋で、寝ぼけ眼の空の黒目が横を向いた。深呼吸の後、半分だけ覚醒した状態で、なるべくいつも通りの声で返答する。 「いいの? さっきの大宮仁志って人がまだ戻ってきてないけど。いつ戻るかわからないよ」  紅南は力強く首肯しようとして、動きをぴたりと止める。赤茶色の瞳が薄闇の中を四方に舞って、苦笑とともに着地した。 「あんまりよくないかもしれない……」 「だろうね」  正体がバレたら躊躇なく消されるのだろうことは想像に難くない。  紅南は頭をひねり、なけなしの反論を試みた。 「でも、大宮さんたちの能力とかなら今でもお話できるよ」 「じゃあ話してみて」 「物が消せるの!」 「それだけ?」 「それ以外はよくわかんない」  新規の情報が全く含まれていない発言に、空は反射的に舌を打つ。次の話題を探すためまた頭をひねり出した紅南を見かねて、期待のこもっていない声で話題を提供してやった。 「じゃあこの人の能力もよくわからないんだろうね」 「わかるよ! すごく遠くを見れるって言ってた!」 「遠くを見るたびに倒れる能力? 使えないな」 「……そんな言い方ないよ。大宮さんたちの家の方を確認してくれてたの」  紅南は悲しみを前面に出してはいるが、怒りに似た感情が声色に表れていた。空は口をつぐんで、暖まりかけていた部屋は冷たく逆戻りする。  責めるような視線に対して、空の謝罪はない。  それでも言い返されもしなかったので、紅南は一つ瞬きをして雰囲気を元に戻した。廊下を見ながら発した声は十分に高く空気を揺らす。 「ね、もしかして仁奈たち、家に帰ったんじゃない? 全然戻ってこないよ」 「だとしたら止めるべきだったね」  空の声には一切の興味がこもっていない。紅南が立ち上がっても、空はそのまま動かない。 「追いかけよ」 「行かない。そんな義理はない」 「義理とかじゃないよ」  紅南の声は再び低く怒るようになる。先の指摘で耐性のついた空は、紅南の変化に動じないようにそっぽを向いた。 「君だけで行ってくればいい」  空のその言葉は、紅南にとってある意味で衝撃的なものだった。
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