十四話-夜

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 紅南の足音らしき音がなくなったことを確認して、空は自身の膝に顔をうずめた。柔軟剤のほのかな香りは温もりを与えてはくれない。 (僕は彼女に出て行ってほしかった? ここに残りたかった?)  実感のない感情に一層顔をうずめる。なぜだろうか、と朦朧と頭を回す。 (僕がついていくメリットはない。それに――、この場所から離れたくはない。わざわざ危険なところに繰り出すメリットはない)  状況を整理しながら、自分の香りを見つけてその中で首肯する。  ついていくメリットはない。それは、先に紅南に説明した通りだ。部屋を出ることにはデメリットしかない。敵の脅威に自ら向かうのは愚かな行為だ。  しかし、自分がついていかない理由は、彼女に出て行ってほしい理由にはならない。 (それに、それに……)  もっともな理屈を求めて、草を掻き分けるように脳内を歩き回る。行けども行けども景色は変わらず、秒針が半周もする頃には、その行動の真意は生い茂る木の実からの逃走なのだと理解せざるを得なかった。立ち止まり、見て見ぬふりをしていたそれらを読み解く。 (一人になりたかった)  それが、確かに自分の心の声だった。  一人になれる機会はこれまでに何度もあった。安心できる場所で落ち着いて……、という条件は初めてだとしても、それが彼女を追いだした理由だったか自信を持ってうなずくことができない。 (なんで?)  疲れていたから、一人になりたかったんだっけ。束の間の休息を味わいたくて、一人になりたかったんだっけ。あるいは、あるいは――。 (なんで一人になりたいんだっけ)  木の実は開けることができても種を割ることができない。硬い殻に傷もつけられないまま、意識が再び遠のき始める。  抵抗空しく暗闇の内側から睡魔が包み込む。危機感を安堵の色で塗り潰しながら、黒い手は彼を堕としていった。
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