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十五話-エピローグもといプロローグ
紅南は家を出て、すぐに駆け出した。
目指すは大宮家。紅南ほどの視力がなくとも、その敷地は十分視認することができる。学校も各種店舗も、突き当たりにある建物はすべて大宮家の管轄だ。広さは、他の家の比ではない。
紅南は駆けながら、一応走る場所に気を払った。あるときは屋根の上、あるときは森の中。人間らしからぬ速度で走る姿を人に見られないように。
(本当は隠さずにいられればいいけど)
嘆息した紅南の吐息は、彼女の体に置き去りになって虚空を漂う。
(言っちゃだめって言われてるし、知られてもめ事になるのも嫌だし)
再びのため息は、彼女が立ち止まったことによって置いていかれずに済んだ。紅南は行くべき道を見据え、そこにある風景に、力強く息をつく。
――いない?
先ほどまでの思考はすっかり停止して、脳は現状だけをひたすらに捉えようとしていた。
大宮家への道に曲がり角はない。だから大きな家屋はしっかり見えている。
しかし、まっすぐに伸びる道の中に、大宮仁志と仁奈らしき姿は見当たらない。そもそも人らしき影が見当たらない。
――家に帰ったわけじゃなかったのかな
たとえ2人が走っていたとしても、いくら出発時間が違うとはいえ、そろそろ姿くらい見えていていいころだ。生身の人間の移動速度なら、すでに家についているとは考えにくい。
姿が見えないということは、単純に考えて、彼らは帰路についたわけではなかったということ。
それならそれでいいのだが、それにしては部屋に戻ってくるのが遅すぎやしなかっただろうか。
――ちゃんと確認してくればよかった
紅南は踵を返す前に、もう一度周囲をしっかり見渡した。人影以外の手掛かりを求めて。
道に面して、家の明かりがぽつぽつと灯っている。街灯が少ない夕刻の村では、貴重な光源だ。集中して耳をすませれば話し声が聞こえてきて、色が失われていく日暮れに彩りを添えている。
紅南が進むべき道には、バスと、その他に何本かの轍が残っていた。足跡もちらほらとあるが、大宮家へ向かうものは見当たらない。乾燥しているせいで風が吹くたびに砂が舞い、跡を掻き消していく。
……めぼしい痕跡はない。
(帰ったわけじゃない、のかな)
納得がいかないながら、紅南はそう結論付けた。ふうっと息をついて、全身の力を抜く。
そして、大宮家に背を向け、元来た道を戻る。まだあの家に仁志と仁奈が残っているのなら、早急に帰って警護したい。
――暗闇の中、紅南を睨む瞳があったことに、彼女は気づいていない。
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