24人が本棚に入れています
本棚に追加
/120ページ
紅南はただいまの挨拶もせず、元いた家に戻った。スリッパを飛び越えて、真っ暗な廊下を駆け巡る。
一つ一つ部屋を確認していく。どこもかしこも黒で満たされてシンとしている。
「大宮のおじいちゃーん!」
光も音もない空間に閉塞感を感じて、紅南は声を出す。足の運びは遅くなり、手の震えは焦りより寒さによるところが大きくなった。
返答はない。反響もせず、小さな声は闇に消えていって、彼女が置かれた状況を際立たせた。
「にいなー」
紅南は弱々しく最後の扉を開けた。空と別れた部屋。ストーブは切れて、廊下と変わらず真っ暗闇の世界。冷風によって髪が舞い上がる。
返答はない。
誰からも。
「……空もいないの?」
仁志と仁奈がいないだけなら、最初の仮説が正しいという、幾分希望の持てる可能性が残る。
しかし、空も消えたとなると。
紅南は部屋の外へ飛び出しはしなかった。2つの違和感に気が付いたからだ。
ひとつ、目宮さんは最初と同じようにこの部屋に寝ている。
闇に溶け込んでいるが、紅南の視力ならかろうじてその姿を見ることができる。落ち着いてみれば小さな寝息も聞こえてくる。
紅南は恐る恐るストーブの方へと移動し、つけ直してやった。人為的にスイッチが切られたわけではない。長時間稼働していたせいで、勝手に電源が落ちたようだ。
彼が無事なら、多分、襲撃があったわけではない。紅南は安堵のため息をついた。
そして、ストーブを光源として改めて浮き彫りになった2つ目の違和感に向き直る。
ふたつ、部屋の窓が開いている。
ガラス窓の内側に障子を取り付けた格好の窓が、半開きになって外気を取り込んでいる。
「……鍵かかってなかった?」
慎重な調子の自問に、紅南はウーンウーンと記憶を掘り起こしつつ、一歩一歩窓に近づいた。
「覚えてないなぁ」
目宮さんもいることだし、ストーブもつけたのだから、いずれにせよ窓は閉じなければならない。紅南はガラス窓から手をかける。
――手をかけて、紅南は何気なく自身の手元に目をやった。
視線を少し上げると、彼女のものではない白い手の痕が淡く残っている。
「こんな痕ついてたっけ」
覚えてないなぁ、と言いながら、紅南は半ば確信していた。サッシに乗り上げ、窓から身を乗り出す。うまくバランスを取りながら、周囲をしっかり見渡す。
左右に異常はない。上は――。
紅南は反射的に息を殺した。暗くなった空を見上げ、そこにある光景をしっかり目に焼き付ける。
誰かいる。屋根の上に。
最初のコメントを投稿しよう!