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誰かいる、と確信しながら、紅南は比較的冷静だった。そっと窓から外に出て、目宮さんが寒くないように、ガラス窓だけでも閉じてやる。
屋根の上の人物は、ぼうっと直立して大宮家の方を見つめていた。
その髪型、和服にズボン、見覚えがある。角度を変えると見え隠れする顔は、今日一日飽きるほどに見てきた。
紅南は人の目がないことを確認して、なるべく静かに屋根の上に着地する。
屋根の上に立っていた彼は紅南の方へ顔を向けた。
人違いではない。紅南は予想通りの人物に微笑みを向ける。
「空?」
名前を呼ばれた彼は――空は固まったままだ。白い吐息を吐き、寒さに頬を紅くしながら、見開かれた眼で紅南を見つめる。
反応は、ない。
「……急に名前呼んで怒ってる?」
あまりに応答がないので、紅南は彼の顔を見上げる。
やっぱり急に名前呼びはだめだったかなぁ、色々事情もあるもんねぇ、と心が萎んでいくのもつかの間。
紅南は自身の笑顔が固まっていくのを感じた。
それは、目の前の彼と同じ表情。
無表情。
怒っているわけではなさそうだが、それよりもさらに背筋の凍る、無関心な表情。
寒さで血色が悪くなっていることを差し引いても、紅南の記憶にあるよりずっと生気がない。それなのに逃走本能が騒ぎ出すくらいには無機的な覇気がある。
「空?」
紅南の声に、不安が混じる。
またも彼からの返答はない。空は数秒紅南を観察し、興味なさげに視線を逸らして村を見渡す。そうして改めて大宮家の方を見て動きを止めた。
顔立ちは空と変わらない。だがその奥にいるのは……そう、空というよりアスカのような、隠しきれない捕食者の眼光が眠っているようだ。
「……誰?」
紅南は低くつぶやく。警戒心むき出しの自分の声に驚きながらも、無意識に、いつでも姿を変えられる準備をする。
彼は――空の顔をした彼は、ゆっくりと紅南へ顔を向け、その捕食者の瞳を容赦なく彼女へ突きつけた。
警戒と観察が交差する。沈黙が黒に溶解する。
暗黒の空の下で不信を一身に浴びて、彼は口の端を思い切り引き上げる。
彼の周りに水球が産み落とされる。彼の笑顔はさらに深く刻まれ、紅南は全身に力を込めた。
……それっきりだった。
紅南が姿を変えるより前に、水球はどこに当たることもなく唐突に消える。
彼がぐったり後ろへと倒れて、紅南は慌てて彼を抱きかかえた。
目を閉じて、穏やかに呼吸している。
さっきの不気味な笑みも何もかも鳴りを潜めて、ただ疲れ切った一人の少年が眠りに落ちていた。
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