十五話-エピローグもといプロローグ

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 誰かいる、と確信しながら、紅南は比較的冷静だった。そっと窓から外に出て、目宮さんが寒くないように、ガラス窓だけでも閉じてやる。  屋根の上の人物は、ぼうっと直立して大宮家の方を見つめていた。  その髪型、和服にズボン、見覚えがある。角度を変えると見え隠れする顔は、今日一日飽きるほどに見てきた。  紅南は人の目がないことを確認して、なるべく静かに屋根の上に着地する。  屋根の上に立っていたは紅南の方へ顔を向けた。  人違いではない。紅南は予想通りの人物に微笑みを向ける。 「空?」  名前を呼ばれた彼は――空は固まったままだ。白い吐息を吐き、寒さに頬を紅くしながら、見開かれた眼で紅南を見つめる。  反応は、ない。 「……急に名前呼んで怒ってる?」  あまりに応答がないので、紅南は彼の顔を見上げる。  やっぱり急に名前呼びはだめだったかなぁ、色々事情もあるもんねぇ、と心が萎んでいくのもつかの間。  紅南は自身の笑顔が固まっていくのを感じた。  それは、目の前の彼と同じ表情。  無表情。  怒っているわけではなさそうだが、それよりもさらに背筋の凍る、無関心な表情。  寒さで血色が悪くなっていることを差し引いても、紅南の記憶にあるよりずっと生気がない。それなのに逃走本能が騒ぎ出すくらいには無機的な覇気がある。 「空?」  紅南の声に、不安が混じる。  またも彼からの返答はない。空は数秒紅南を観察し、興味なさげに視線を逸らして村を見渡す。そうして改めて大宮家の方を見て動きを止めた。  顔立ちは空と変わらない。だがその奥にいるのは……そう、空というよりアスカのような、隠しきれない捕食者の眼光が眠っているようだ。 「……誰?」  紅南は低くつぶやく。警戒心むき出しの自分の声に驚きながらも、無意識に、いつでも姿を変えられる準備をする。  彼は――空の顔をした彼は、ゆっくりと紅南へ顔を向け、その捕食者の瞳を容赦なく彼女へ突きつけた。  警戒と観察が交差する。沈黙が黒に溶解する。  暗黒の空の下で不信を一身に浴びて、彼は口の端を思い切り引き上げる。  彼の周りに水球が産み落とされる。彼の笑顔はさらに深く刻まれ、紅南は全身に力を込めた。  ……それっきりだった。  紅南が姿を変えるより前に、水球はどこに当たることもなく唐突に消える。  彼がぐったり後ろへと倒れて、紅南は慌てて彼を抱きかかえた。  目を閉じて、穏やかに呼吸している。  さっきの不気味な笑みも何もかも鳴りを潜めて、ただ疲れ切った一人の少年が眠りに落ちていた。
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