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紅南の家は、他の家よりも少し高いところにあった。見下ろすと、まばらに立つ家の周りには人間が散見され、所々で集まっている。それが少年には新鮮に映った。
「こっちだよぉ」
紅南に手招かれて、少年は紅南の家の玄関前に立つ。
立派であることに変わりないが、近くで見るといささか管理がずさんである。外壁の一部は剥がれ、変色し、人が通らないところには枯れた雑草が広がっていた。
「どうぞぉ」
紅南は鍵もかかっていない扉をがらがらと開けた。思わず部屋の隅を確認した少年は、やはりそこにホコリが溜まっていることを把握した。
家の中は、人気がない。真っ暗で樹海のように静まり返っている。
「ここは君が1人で暮らしてるの?」
「そそ。今はね」
どうりで。少年の呟きには気付かず、紅南は家の中に上がっていった。少年も紅南に倣って履き物を脱ぎ、注意深く付いていく。
紅南は台所で立ち止まった。適当なハンカチを取り出して、何かを丁寧に包む。
「何してるの」
少年は台所には入らなかった。
黙って付いてきてしまったが、ここは謎の敵が存在する未知の土地である。
彼女ばかりに気を払ってはいられない。周囲にあの化物が潜んではいないかと、入り口に立って警戒を続ける。
「んー、ちょっとね」
紅南の返答は曖昧なものだ。少年は不服に思いながらも、「次はこっち」と台所から出てきた紅南におとなしく従った。
「で、そろそろ説明してくれない?」
「――何を?」
「巻物の話!」
しびれを切らした少年に、紅南は肩をすくめる。「ごめん、忘れてた」と言いながら、8畳の和室へと入っていく。少年はさっきと同じように、入り口で立ち止まった。
「すごいことをできる人がいるんだよぉ」
「すごいこと?」
「そそ」
紅南は少年にのんびりと説明しながら、ウエストポーチを取り出して物を詰め込んでいく。
「物をワープさせたりとか、すごく遠くを見たりとかできるの」
それは巻物の話か? 少年は尋ねる言葉を飲み込んだ。
「まぁ使っているところはほとんど見たことないんだよね。すっごく疲れるらしくてさ。寝こんだりもするみたい」
「はぁ」
残念ながら記憶のない少年には、それがどれほどすごいことなのか判断がつかない。直感的に、普通でないことは理解できるのだが。
しばらく考えて、なぜ紅南がこの話を持ち出したのか思い当たった。
「そんなことが実際にあるから、この巻物の力も信じられるってこと?」
「そそそ! 火とか水を出すのは聞いたことないけど」
なるほど、そういうものか? 一応の納得を見せた少年に、さらに紅南の言葉が重ねられる。
「他のところではそんな人いないんだってさ。この村は特殊らしくて……」
「ふーん」
「だから、この話は門外不出なんだって」
「え?」
少年は怪訝そうに問い返した。紅南は少し考えて原因に思い当たり、しまったという表情で首を傾げる。
「……ここは門内じゃない?」
「そういう問題じゃないと思うけど」
「まぁ、こんな状況だからねぇ」
「そんなものなの?」
「やむなしやむなし!」と、紅南はのんきにしてみせた。かえって少年は心配になる。
そもそも門外不出の力を、おそらく外来者であろう少年が持っているのは大問題ではないのか。彼女から見たら彼は今、この上なく怪しい存在であるべきである。
(まぁ、好都合ではあるか)
情報を隠すことなく教えてくれるのだから。少年はそれ以上の口出しをやめた。
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