十六話-朝

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「これ」  空が声を発して、紅南の緊張が一部解ける。空の方を向けば、そこには直感と分析に挟まれて口をパクパクと動かす者の姿があった。 「――行く、べき?」 「やめておいた方がいいですよ」  太く低い声。紅南ではない者の返答が、緊迫感を与えて時を止める。  炎による赤い光は突如遮られて、2人の頭上にズウッと影が落ちる。  紅南と空が顔を上げると、そこには屈強な化物――。 「……アスカ」 「覚えていただけて光栄です」  紅南に名前を呼ばれてにこやかに返した彼は、昨日会った化物の一人だった。  アスカ。隻腕で、ガタイがよくて、いつも含み笑いを浮かべる、化物。昨日は紅南に情報を与えて、コテツとともに去っていった。  空の警戒には目もくれず、彼は相変わらず紅南の方ばかり向く。先ほどの空の言葉に対する返答も、その内容は紅南に向けられたものであった。 「あの家の人間……楽多と言いましたか。彼は、紅南の正体を知っていますか?」  藪から棒に、表情を動かさずに尋ねてくる。無論、紅南にのみ問うている。 「……どゆこと?」 「知っているのですか?」 「知らない、はず」 「そうでしたか! でしたら、行っていただいても構いません。ただし正体を明かしてはいけませんよ。可能ならやはり行かない方がいいですね」  助言を一方的に与えて、アスカはニコニコしたままそこに突っ立っている。  蚊帳の外に置かれた空は、改めてその異形を間近に見つめ、目一杯睨みを利かせた。 「どういうこと」 「わかりません?」  空への返事はいくらかキーが低かった。時間の無駄だと言わんばかりに間髪入れない返答が、より冷たさを浮き彫りにする。  3人の間に一瞬流れた無言の時間、紅南だけがビクッと肩を縮こまらせる。 「私のおすすめは、あなただけで様子を見に行くことですよ、謎の水使いさん?」  アスカの言葉の裏に、明確なトゲが込められる。  空はもう一度アスカを睨んだ。その後ろで、燃え盛る炎はさらに大きくなっている。  空は何も言わずに屋根を降りていった。残された紅南は、彼の背中を心細く見つめている。
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