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2人とも沈黙して、辺りの音がより鮮明になる。パチパチという炎の音と人々の喧騒が空間を満たす。
新たな音として、エンジンの音。そして、薄霧と溶け合う砂煙が視界を茶色くする。
「何をしておる!」
不意の怒声に、紅南はまた肩を縮こまらせた。決して近くで叫ばれていないのに、すぐ隣で罵られたような圧がある。しゃがれた声は、聞き馴染みのある声だ。
「用意のある者はバケツに水を汲んでこい! ……おい、君は水を操るんじゃないのか。とっとと――」
「見てわからない? 今やってるでしょ」
ドスの利いた怒鳴り声に挑戦的な返答をするのは、空だ。炎の麓から沸き起こる水蒸気がさらに増加する。周囲の人たちも働き蟻のように動き始め、瞬く間にバケツリレーが完成した。
「彼、すごいですね。何者です?」
アスカが興味津々といった様子で大宮仁志の挙動を眺める。紅南は簡単に、「この村の棟梁さんだよ」とだけ説明した。
茶色と黒と白の煙が混ざる。紅南は動けずにただその状況を眺めていた。アスカも紅南の方を折々確認しながら、村の様子を観察する。
「あ」
ふと、アスカが声をあげた。しばらくたまげたような表情で固まったあと、地上に向かってよそ行きの笑みを浮かべる。
何か悪いことが起きたと直感して、紅南は尋ねたくないと思いながら仕方なく声をかける。
「どしたの?」
「ふふ。見つかってしまいました」
ぎょっとして紅南が下を盗み見ると、大宮仁志が恐ろしい形相で睨んでいる。「おい水使い。やつを至急始末したまえ!」などという指令も聞こえてくる。
「長居はできそうにないですねぇ。それでは、私はそろそろお暇します。仕事も残してきてしまいましたし」
地上では仁志と空の怒号が飛び飛び交っている。当惑する紅南の視野は、再びアスカに遮られた。
「紅南。別れの挨拶代わりに、一つアドバイスです。彼らを心配するのもいいですが、近くの騒ぎを聞き逃してはいませんか? 例えば、この下で起きていることとか」
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