何かがいる。

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 その本にもただ〝化け物〟と書いてあるだけで、それがなんなのかにはまったく触れられていない。  他にも地元の伝説だとか昔話だとか、いろいろ当たってみたんですが、〝化け物〟が人間の霊なのか? 妖怪なのか? あるいは狐や狸なのか? 神様の類なのか? どこにも詳細な記述は見当たらないんです。  ただ、これ、別に珍しいことじゃないんですよ。  妖怪っていろんな種類がいて、それぞれ名前がついてるイメージがあると思うんですが、そうなったのってじつは江戸時代も後の方になってからなんです。それも文化人から始まったもので、もともとの地元に伝わる伝承では滅多にそんなことはない。  それまでは何か怪異があったとしても、ただ、化け物とか、物の()とか、山の()とか呼ぶだけで、あるいは名前があったとしても、鬼とか天狗とか、そんな漠然とした名前しかなかったんですね。  おそらくこの沼の〝化け物〟も、そんなもともとの素朴な伝承の姿をよく留めていたんでしょう。  ですが、それにしてもその化け物についての情報量が少ない。その姿はもちろん、何をするだとか、そんな特徴もなんにも書いてないんだ。  けっきょく、わかったのは「この土地には何か〝化け物〟がいる」ということだけなんですね。  正体がわかったような、わからないような……なんだか消化不良のまま、N君はなおも不気味な気配に悩まされつつ、半年くらいそのアパートに住んだ後に引っ越したそうです。  ちなみにN君、最近、その辺りで用事があったんで、ついでにちょっとそのアパートがどうなっているか見に行ってみたようなんですね。  まあ、かれこれもう10年以上も経っているんで、建て直したのか? あるいは改修工事をしたのか? 建物はずいぶんと新しくなっていたようですが、まだそこに、変わらずアパートはあったそうです。  そして、N君が何気ない通行人のフリをして覗っていると、入学シーズンでもないのにその前には業者のトラックが停まっていて、女子大生らしき女の子が引っ越しの作業をしていたんだとか。  あのアパートには相変わらず、今も何か(・・)がいるんですよ……。                  (何かがいる。 了)
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