何かがいる。

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 いや、それだけじゃない。寝ていると、入居した初日の夜のようにまた何かが枕元を通る気配がするんですが、今度はズスズ……ズスズズ…と、床を擦って移動する音も聞こえるんだ。  足音じゃなく、ズスズ……ズスズズ…と、何かがフローリングの上を擦って移動する音なんです。  その音からして、足で立って歩いてるんじゃないとすれば、身体をぴったり床につけて、蛇のように這って床を移動しているのか……。  そして、ついには気配や音だけでなく、N君はその正体らしきものをその目で見るようにもなってしまったんですね。  その夜も、テレビを見てる最中に、やはりこれまでと同じように気配を感じてパッと背後を振り返ってみると、そこの電気は点いておらず、自分が今いるリビングの天井から下がる明かりだけで照らされた薄暗い台所の隅に、なんだかもわ〜んと、黒い(もや)みたいなもののいるのが見えたんです。  大きさは人間の大人が(うずくま)っているくらい。でも、人の形をしているわけじゃなく、輪郭もかなり曖昧で、それがなんだかはまではわからない。  ただ、半透明でわずかに後が透けて見える黒いものがそこにいるんです。  それがまた、ズスズ……ズスズズ…と、床を擦りながらゆっくり移動している……。  でも、見ていると、どうやらN君のことを気にはしていない様子で、台所を右から左へと、ゆっくりゆっくり横切って、すうっ…と闇に溶けるようにして消えていったんだそうです。  そこでね、N君、ふと気がついたんだそうです。  それまでにもしてたんでしょうが、この時までは特に関係づけて考えてはいなかったそのことに。  池や沼の臭いっていえばわかりますかね? 泥臭いっていうのかな? なんだか湿っぽい、もわっとしたあの水の臭い。それが、その気配を感じた時には必ずしていたんですね。  その間はまるで金縛りにでもあったかのように、呆然と固まったまま見入ってしまっていたN君ですが、黒い靄が消えた瞬間、またぞわぞわぞわっと急に寒気と恐怖が襲ってきて、慌てて布団に潜り込むと電気もつけたまま、なんまんだぶ、なんまんだぶ…と念仏を唱えながら眠りについたんだそうです。  もう、こうなると気のせいなんかじゃない。明らかに何か(・・)がこの部屋にはいるんだ。  気味が悪くてすぐにでも引っ越ししたかったんですけどね。さりとてまだ住み始めて間もないし、貧乏学生にはほいほいと引っ越しするお金もありませんよ。それに今の時期じゃ条件の合う部屋を見つけるのも難しい。  まあ、怖くて不気味だけど、特に何かされるってわけでもありませんからね。気味悪く思いながらもN君、仕方なくもうしばらくは我慢することにしたんだそうです。
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