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──結局、正文堂でのバイトは三年間続いていた。
腰が悪くなったおじいちゃんおばあちゃんには重い荷物を持たせないようにして、品出しから接客までこなす。思ったより重労働だった。
それでも、甘い香りに包まれる店内は心地よかった。朗らかなお年寄りのお客様たちと、ほんわかした会話を交わす日々。幸せな空間だった。
それに、おじいちゃん特製の試作品を頬張れるというのも最高だった。美味しそうに頬張るあたしを見て、おじいちゃんはいつも喜んでいた。
だが、やはり大学生活も四年生が間近に迫ってくると、のんびり遊び回っていた時間を悔いてくる。特に、あたしが通うような三流大学では尚更だ。就活という大きな壁を意識するようになる。インターンに通う同級生も多いが、正文堂はもはやあたし無しでは成り立たなくなっていて、インターンもできていない。
「さやか、さすがにヤバくない? せめてさ、何か資格とか取らないの?」
退屈な講義で寝かけそうになっていた中、友人のみっちょんに肘を突っつかれた。
「……んー、そだね。あたしら資格とか持ってないとやばいよね。かといって頭悪いから、大層なの取れないし、そもそも資格って何があるのかすら知らないや」
シャーペンを鼻と唇の間に挟んだ。
「宅建とかさ、簿記とかさ、何らか持ってる先輩は就職決まってるって。ま、宅建は難しいにしても、あたしら三流大学生は何らか資格がいるよ」
「うーーん、そだよね」
身に入らなかった講義を終えて、みっちょんと学生サポートセンターを覗きに行った。色んな企業の情報や就活相談のチラシがラックに立て掛けてあり、この時期なのにまだ就職先が決まっていない四年生が窓口で相談している。
隅のラックに目を向けた。大きく『資格コーナー』と書いてあり、立て掛けてあるチラシはよれてしまっていた。
あたしは『手軽に役立つ資格』とやらの冊子に手を伸ばした。
「お。さやか、資格やる気んなった?」
「うーん、とりあえずチラッと見てみる」
毎日TVを観て、好きな音楽聴いて、ほんわかしたバイトをしながら暮らす。永遠にこんな日々が続けば良いのにと思うが、ここらで覚悟とやらが必要なのだろう。
あたしは、その冊子を鞄にしまった。掲示板に内定のお知らせが貼ってあった。名のある企業の内定報告はない。カウンターで何度も頷きながら話を聞く四年生の姿が嫌でも目に入った。明日は我が身だ。
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