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何気なく探したアルバイト先は、家から自転車で10分という程よい距離にあった。
バイト情報誌の一番小さな欄にちょこんと情報が載っていた。『和菓子屋での接客、品出し作業など』と書かれている。その情報の下に安い時給が記してあった。
あくせく働いている和菓子屋さんを生まれてこのかた見たことがない。時給は安いが、あまり時間と体力を消耗しないだろう。ありがたいことに両親から仕送りをいただいている身なだけに、稼ぎはほどほどでいい。大学入学を機に始めるバイトとしては完璧だった。
電話すると、いつでも履歴書を持ってどうぞと言われたので、早速面接のアポを取りつけた。善は急げだ。
大学の裏側は県道が走っており、真っ直ぐ広い歩道が伸びている。自転車を漕ぐと気持ちがよい。街路樹の根っこがインターロッキングを盛り上げてしまっている。器用に避けながら、淡い葉っぱの下、自転車を漕いだ。
一本、中に入った小道にその店はあった。『和菓子 正文堂』と木彫りの立派な看板が目に入った。看板の下から緑色のオーニングが店先に伸びていて、ところどころ削れが目立っていた。
「失礼します」
ガガガと音が鳴る自動ドアをくぐって、ぺこりと頭を下げた。
店内に入ると、腰高くらいの台に涼しげな色をした飴ものが並べられていた。ショーケースには色とりどりの生菓子が並んでいる。止めていた息を大きく吸うと、甘いあんこの匂いが鼻をくすぐった。
正面のカウンターには誰もいない。首を左右に振って店の隅まで探すが人影はない。
「……あの……すみませーん」
誰も出てこないので、もう一度声を張った。
「ん? あら、いらっしゃいませ」
奥で作業をしていたのであろうおばあちゃんが、のこのこり、と姿を現した。もう一度ぺこりと頭を下げる。
「あの、面接に伺いました松本です」
おばあちゃんは、あれまぁ、と言ってあたしににこりと笑った。
「おとうさぁん。お手伝いの子が来てくれてますよぉ」
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