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押し入れのひみつ
「はぁ、学校に行きたいくないな」
そんなことを思いながら、今日も一日が始まる。まぶたが重い。このままベッドの中で寝転んでいたい。
「いいな、お前はずっと家にいれて」
押し入れに向かって話しかける。返事はない。
この家に越してきたのは半年前。おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に暮らすために、お父さんが子供の頃に住んでいた家を二世帯住宅用にリフォームした。僕の部屋は、畳の和室にベッドを置くという和洋折衷と言えば聞こえがいいが、どっちつかずな感じになっている。
押し入れもその名残りだ。15センチほど空いている隙間をじっと見つめながら、学校に行きたくない理由を考えていた。
いじめられているというわけではない。ただ、クラスに馴染めないだけだ。転校生がチヤホヤされるのは最初の一週間だけ。束の間の人気もとっくに終わってしまった。
「もうすぐ卒業旅行か……」
今から頑張って仲良くなったところで、どうせまた別れがやってくる。あと半年経てば、高校生になる。高校デビューもいいかもな、とも思う。でも、こんなに面白みのない毎日があと半年もあるのかと思うと辛い。
僕は立ち上がって、押し入れにそっと近く。
「ねぇ、友達ができるひみつ道具出してよ」
そこにいるのは猫型ロボットではない。正真正銘のふわふわモフモフの猫が優雅に香箱座理をしてこちらを見つめている。虎のような縞模様。お腹の白い毛並みが美しい。
ゆっくり瞬きをしてニャーと高い声でひと言。
「おはようって言ってくれたんだな。そう言えば、挨拶してなかったな。ムギ、おはよう」
頭から背中をなでると気持ち良さそうに目を細めた。ゴロゴロと喉を鳴らしている。
「いいよなぁ、猫は。家でずっと寝てられるんだもん。何もしなくても、みんなから可愛がってもらえるし」
すると突然、ニャと鳴いたかと思えば、僕の手に鋭い痛みが走った。ムギに引っ掻かれたのだ。手の甲にうっすら血がにじんでいるのに気を取られていると、ムギは押し入れからは軽々と床に飛び降りて、こちらをじっと見ていた。
「何すんだよ、痛いなもう!」
面と向かって文句を言う。ムギに引っかかれたのはいつぶりだろう。この家に移ってからは初めてだ。というより、誰かに感情をぶつけたことさえ久しぶりに思えた。最近の僕は、周りの顔色をうかがいながら、みんなが笑っているから笑うだけの愛想笑い人間だった。何かが起こるわけでもないから、怒りを覚えることもない。
みみず腫れになりつつある傷からにじみ出る赤色は、自分が生きた人間であるという証明のように感じられる。痛みという感覚はもちろん、意志を持っているのだ。僕はただそこにいるだけで何もしない案山子のような生き方をしていた。つまらないのは学校じゃない。自分だった。
「今日は自分から挨拶してみようかな」
そう言うと、ムギがついて来いというように足早に階段を降りていった。
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