幸せな世界

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 道路に面した唯一の窓は分厚いカーテンで覆われ,外の光が射し込む隙間さえなかった。黄ばんだ壁に取り付けられた二十四時間換気の小さなファンがガリガリと音を立て,外の世界と唯一つながる排気口は埃で真っ黒になっていた。  部屋の中心には,いつ交換したかもわからない湿ったシーツをまとった敷布団が無造作に敷かれ,黒く変色した枕が生物のように見えた。ぐちゃぐちゃになったその布団を囲むように雑誌が高く積まれ,さらにその上には飲みかけのペットボトルやコンビニ弁当の残骸が積まれ散乱していた。  一日中パソコンのモニタから眩しい光が激しく点滅し,カラフルな光が脂ぎった髪の毛と肌を照らした。ヘッドフォンから微かに漏れるゲームの音と,誰かを呪うような汚い言葉,そして激しい舌打ちの音が部屋の空気をさらに汚した。  コントローラーをガチャガチャと動かし,モニタのなかにいる敵が倒れてゆく様子を表情を変えることなく,ブツブツと呟きながら真っ赤に充血した眼で追っていた。  丸く大きくなった背中と首の後ろについた肉の間,脇の下に大量の汗が滲んだ。一瞬,モニタが真っ暗になったかと思うと,ゆっくりと男のハンドルネームが現れ,ランキングが大きく下がったことを示した。
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