幸せな世界

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 スマホを握りめて,足音を立てないようにそっと部屋から出ると,そのまま静かに玄関を出た。一切の生活音のない誰もいない夜は,男にとって辛うじて部屋から出ることができる時間だった。それでも車が通る道は避け,細く暗い道を選んで唯一行くことができる深夜のコンビニへと向かった。  薄暗い夜道で淡い街灯の灯りが,微かに道を照らしていた。普段なら絶対に人に会わないこの通りにある古い街灯の下に人影が見えた。 「ちっ……いやがった……」  人影を照らす街灯の灯りが点滅したかと思うと,一瞬でゲームの世界に引き戻されたかのような錯覚に陥り,そっと身を隠して相手を観察した。 「なんだよ……誰だよ……クソが……」  暗がりに身を潜め,相手の様子を伺った。女か子供くらいの雰囲気だったが,肝心の顔が見えず判断ができなかった。顔が見えないというより,顔があるべき場所は真っ暗でなにも見えなかった。  街灯の下にいる人影が微かに揺れると,自分の存在に気づかれたかと思い,身を低くして辺りを伺った。闇に溶け込もうと暗がりに隠れたと同時に耳の奥でゲームの音楽が鳴り響き,頭の中でさまざまなアイテムが浮かんでは消えた。 「マジでなんなん……ぶっ殺すぞ……なめんなよ」
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