幸せな世界

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 非常階段の手摺りの間から自分の家が見えた。自分の年齢よりも古い建物は,遠くからでも寂れているのがわかった。 「くそ……面倒臭いけど,いったん帰るか……」  音を立てずに階段を滑り降りるように下り,暗い道を選んで慎重に歩き,誰にも見つからないように家へと向かった。  途中で何度か来た道を戻ったりしながら,時間をかけて人に会わないように注意を払った。  ようやく家の前に着くと辺りを見回し,誰もいないことを確認してから再び静かに玄関ドアを開けた。外気と入れ替わるように家の中から汚物と生ゴミが混じったような腐敗臭が淀んだ空気と一緒に外へと溢れ出た。  真っ黒な床がうねうねと波打ち,足元を生き物がすり抜けていった。 「マジで誰だよ。こっちは腹減ってるっていうのに……」  部屋の中に入ると乱暴に布団を踏みつけ,不機嫌に椅子に座った。パソコンのモニタにはゲームのキャラクターが映し出されていた。  相変わらずファンからガリガリと音がし,部屋の中をガサガサと生き物が這いずり回る音が響いた。 「マジで腹減ってんのに……ムカつく」  ゆっくりと流れる鼻血を服の袖で拭きながら,床に転がる真っ黒い枕を眺めた。
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