かっぱ公園のエンタメ

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 長閑(のどか)町には、作り物のかっぱの置物が水場に置いてあるだけの、ベンチと砂場とブランコしかない『かっぱ公園』という名前の公園があった。  広くもなく、狭くもなく、さほど人口が多くない小さな町なので子供が遊んでいる姿もあまり見かけないその公園の周囲には3軒の民家が隣接している。  そして、週末の午後になると何故かどこからともなくご近所の人たちがかっぱ公園に現れるのだ。 「あ、石井さん早いんでないかい?」  内海は販売機で買った缶コーヒーをジャンパーのポケットに入れて公園に散歩がてらやってくると、既にベンチには石井のジー様と呼ばれている鶴のような細身の男が座っていた。 「ほれ、今日は晴美ちゃんが戻って来とるだろうで」 「ああ石井さんもやっぱり期待して?」 「そら決まっとるべ。──お、春田さんと花ちゃんも来たで」  内海が振り返ると、中学生の娘を連れた内海と同年配なのに頭がかなり寂しい感じの男が手を上げてやって来た。 「こんにちはジー様。まだ始まってねえけ?」 「まだだべ」  応えながら、花ちゃんや内海たちに小袋の柿ピーを配った石井は、ええ天気で良かったのお、と呟いた。  内海もお礼を言って柿ピーを受け取ると、早速ベンチに腰掛けてポリポリとつまむ。  世間話をしているうちに巡回の警察官、松原さんがチャリをきこきこ言わせて公園に乗り入れて来た。 「松原さん、かっぱ公園はチャリ乗り入れ禁止だべ」 「子供もおらんし固い事言うなや。あ、ワシにも柿ピーくれんかのジー様」  制服でどかっとジー様の隣に腰を下ろすと、ペットボトルの麦茶をあおって、そろそろぬくくなって来るべなあ、ワシ暑がりだで困るわ、と愚痴をこぼしていた。  毎回顔を合わせるメンバーは若干違うが、常にご近所さんの顔なじみである。  何故こんな何もない公園に来てのんびり寛いでいるのかと言うと、ほぼ毎週のように行われる周囲3軒の家での小競り合いがあるからである。  赤い屋根の家が川原家。  旦那さんが4年ほど前にくも膜下出血を起こして亡くなり、母一人娘一人で暮らしていたのだが、昨年娘の晴美が就職で少し離れた場所のためアパートを借りて実家には毎週末戻ってくる。  木造の古びた家は小笠原家。  年老いた両親と長男夫婦、数年前から引きこもりの息子の5人暮らしだ。  そして一番新しく2年前に建てられた三田家。  ここは30代前半の夫婦の二人暮らし。奥さんが少々病んでいる。  この3軒が必ずといっていいほど週末に何かしらの言い争いをしていたりするのだが、みんなそれを聞きに来ているのである。それぞれの家は離れているし、周囲に家もない田舎なので窓全開で大声でやりあっていたりするのだが、かっぱ公園からは丸聞こえなのである。  内海も正直趣味が悪いと思わないでもないが、平穏な村といってもいいほどの田舎町。娯楽には乏しい訳で、石井のジー様にそんな話をたまたま聞いてしまってから、ついつい週末予定がないとかっぱ公園に足が向いてしまう。  かっぱ公園の週末のお楽しみという事で、事情を知っている人がちょいちょい集まっているのである。まあ警官もいるのはどうかと思うが、松原本人は「万が一事件になったら困るべ」と正論を吐いている。そんな大事にはならないであろう。  人間と言うのは下世話な部分もある生き物なのである。 『あんただからいい加減見合いでも何でもいいから真剣に結婚考えれって!』  のんびり雑談していると、甲高い声で川原の奥さんの声がした。 「あ、始まった始まった」  花ちゃんが嬉しそうに川原家に目を向けた。  エンタメのスタートである。 『アタシまだ24だって。まだまだ結婚なんて先でいいべ』 『24が25になりあっという間に30だわ。したい時にもうおばさん扱いで貰い手なんかねえって。女の劣化を舐めたらあかんわ。私だってあんた生んだの26だもんで、そろそろ相手の一人でも見つけなダメだで。晴美は私が生んだだけあって可愛いんだから今が売り手市場だべ』 「ま、確かに晴美ちゃんは可愛えわな」 「ワシは川原の奥さんの方がええけどな」 『ほら、こないだ友達の結婚式行ったって言うてたべ? あー私もそろそろ結婚したあい! ってならんかったべか?』 『お葬式行って、あー私もそろそろ葬式したーい、ってなるけ? ならねえべやお母ちゃん』 「上手い事いいよるわ」 「晴美姉ちゃん高校で生徒会長やってたらしいよ」 「あーだから口が達者なんだべなあ」 『そりゃそうだけども結婚と葬式は違うべ!』 『どっちも人生の転換期、ビッグイベントじゃねえけ。大体適齢期つうのは本人が決めるんであってお母ちゃんが決める事ではねえべ。別に結婚しないって選択肢もあるわけだし』 『それじゃ孫が抱けないじゃねえべか』 『娘が抱けるべ。ままー抱っこ―』 『こんなでかくなった娘じゃなくて、小さな宝石みたいな子がいいに決まってるべ』 『娘の扱い雑じゃねえけ?──あ、シングルマザーって手もあるで。そんなに孫が欲しいならその辺で子種だけ貰って生むってのもあるけんど』 『愛がなきゃダメだべさ』 『注文が多いべさ。生むまで愛情持たなくて離婚するケースもたんとあるだに』 『ああ言えばこう言う、ほんとに口の減らねえ娘だべ』 『お母ちゃんの血を引いてるもんでな』 『全く……ん? この袋は何だべ?』 『ああ、それな、母ちゃん冷え性じゃけ、ピタットテックって言う肌着買って来たわ。  これまたどえりゃーぬくいんだわ。アタシも1つ買ったわ』 『……ありがと。お父さん、娘が上手い事育っとるでいかんわ。泣けてきたわ』 『上手い事育ってると思うなら、とりあえずそのガチムチな40バツイチ男の見合い写真引っ込めてえな。アタシは細マッチョがええし、どうせならジョニーズJrの本宮くんみたいな子がええわ』 『何言うとるん、ジョニーズならカワタク一択だべ』 『オッサンやんかもう。お母ちゃんのリアル10代20代の時の好みだべそれ。あ、お母ちゃん再婚して弟か妹増やしてくれてもいいべ。まだイケるまだイケる』 『私はお父さんが一番だったから再婚はええわ。それに一人暮らしもえらい気楽だもんでなあ』 「くー、川原さんの奥さん再婚する気持ちがありゃワシがなあ……」 「松原さんとうに結婚してるべさ。法を守る人が法を破ったらダメだわ」  内海はツッコんだ。 「……先週かみさんには逃げられた」 「うえ?」 「そっちのが大事件でねえべか! 何でだべ」  石井のジー様と春田も驚いた。 「何かな、人間幾つでもチャレンジをしたいんだと。ほいで登山家になるゆうて出てったわ」 「松原さんの奥さんて、あのコビトカバに似た陽気なおばちゃんやんね?」 「花、コビトカバは失礼やぞ。せめて栄養を与えすぎたパグとかユーカリ食べ過ぎたコアラとかにすべきじゃねえけ」 「どっちも失礼でいかんわ。まあボリューミーで鼻がおっぴろげなのは否定せんけども、あれはあれで可愛いんだべ」 「しかし、1年ほど前も確か熟女パブでナンバーワンになるとかいっていなくなってなかったけ?」 「出て行ったはええんだが、酒あんま飲めんもんでさあかみさん。成績上げられんのよジュースやお茶ばっかでは。1ヶ月ぐらいで戻って来た」 「どうしてそれで熟女パブ行こうと思うたんかのう」 「テレビでやってたらしいで」 「登山家もテレビでねえけ? ありゃかなりハードだからまたすぐ戻ってくるで」 「そうだべか」 「んだんだ」  この町の娯楽というのは世間話がメインである。  内海は今週もなかなか実り多い日だったと伸びをして、さて帰ろうかと飲み干した缶コーヒーをゴミ箱へ捨てた。そこへ早川酒店の奥さんが公園に横づけして止めた配達用の車から飛び出してこちらへ走って来た。彼女も配達の合間にちょいちょい公園のエンタメに参加している。 「どしたべ早川のおばちゃん? もう終わってまったで晴美姉ちゃんとこは」  花が遅いと言いたげに声を掛けた。 「それどころじゃねえって。さっき三田さんの旦那さんがお酒買いに来たんだけども、店の外で待ってたむっちりした若い女の子と話しながら歩いとってな、更にその後ろに奥さんがスマホ片手に尾けてるっていう修羅場確定な展開があったんよ!」 「おいおいマジの修羅場でねえけ。松原さん本当に出番あるかも知れんで」  内海は帰ろうと立ち上がりかけた腰を再度ベンチに下ろした。 「いや、若い女の子は私も知っててな、ほら箕輪洋菓子店の千草ちゃんだべ」 「なあんだ、じゃあ全然修羅場じゃねえべや」 「あすこの夫婦は何だかんだいってもラブラブだからのう」 「ちいとばっか奥さんがストーカー気質だけどもよお、旦那さんはそれ知ってるしなあ。  旦那もすぐバレるような所で悪さもしねえべさ」 「んだんだ」 「でもほら、うちらは知ってっけども、奥さんは普段からスーパー位しかまともに出ねえし知らねえべさ? そんで血相変えてたで大ゲンカになる可能性もあるんでねえべか」 「大丈夫だと思うけどもなあ……あ、三田さんや」  内海が目で合図を送ると、土曜出勤だったのかスーツ姿の三田が買い物袋を片手に一人で家へ向かって歩いており、その50mほど後方から奥さんが見え隠れしながらついてきていた。 「な? な?」  早川酒店の奥さんが内海たちを見た。 「……ワシ、みどりの餌買って帰らないけんのに、困るのう」  石井のジー様が立ち上がると向かい側のベンチに向かって歩き出した。そちらの方が三田家の話が聞こえやすいのだ。ちなみにみどりは飼い猫である。  内海や春田、花も早川酒店の奥さんと移動を始めた。  かっぱ公園のエンタメはまだ終わらないようだ。
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