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Side A-1
「ねえ、もう一カ月近くあのままなんだけど……さすがにおかしいでしょ?」
アンナは二重ガラスの窓の外をじっと見て、リビングルームの奥でパソコンを睨む夫に呼びかけた。
「え? 何が」
夫のトムは間延びした返事を寄越す。
その関心も示さない様子にアンナはカッと苛立ちを感じた。
「向かいのあの車!」
見せつけるようにシャッとレースカーテンを引く。五月の昼下がりの日差しが部屋に注がれる。
「急にあれが現れてからもう一カ月もたってるのよ!」
窓の向こうには自分たちの家の庭と人ひとりいない歩道、そしてしんとした道路が広がる。
道路の向かいには、つい数カ月前まで交流が続いていた夫婦が住む家が建つ。
その家の前の道路に、見慣れない一台の青い車が鎮座している。
しかし、向かいの家の夫婦の自家用車は常にドライブウェイに駐車されている。明らかに、あの二人のものではない。
「新しく買ったんじゃないか?」
慣れない在宅仕事に苦労する様子を見せながらトムが返す。
「このロックダウンの真っ最中に? 使うわけもないのにそれはないでしょ」
「ロックダウンが終わったら遠出でもしようと思ってるんじゃないのか?」
その返事にアンナはまた腹が立った。
(今うちにいるあなたのところのあの人も、同じように考えてくれてたらよかったのにねえ?)
鼻息を荒くして外に視線をやる。
青い車の横を、フード付きのパーカーを着た十四、五歳くらいの少年が通るのが目に入った。
今日の運動の最中なのだろうか。
そんなことを考えながら彼が去って行く様子を眺めていると、向かいの家から夫人のリサが出てくるのが見えた。
リサも青い車をじっと見つめ、数秒後に顔を上げた。
一瞬目が合った気がして、アンナは慌ててカーテンを引き戻した。
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