1人目 超速アイスドール アンザイさん

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同じ会社にいても、部署も違っていた。 僕が入社して2年ほどでアンザイさんが退職してしまったから、あまり時間を共にすることがなかった。 ちゃんと一緒に仕事ができたのも1回だけ。 でも、その日のことは鮮明に覚えている。 会社で出していた雑誌の販促資料を封入する作業を、本社のスタッフが手分けして行う機会があった。 真夏で、クーラーの効きがわるい倉庫の中。 借り出された本社スタッフ5人で作業をしていた。 プリントを数枚と小冊子2つ、そして雑誌本誌を、セットにして封筒に詰めて閉じる。 ラインを作って一人づつ順番に歩いてピッキングして回っていく。 一人ひとりで完結する作業だから、どうしても個人のスピード差が出てしまう。 そんな作業場に、超速のアイスドールが入るとどうなるか。 僕らの2〜3周がアンザイさんの5周になってしまうわけだ。 アンザイさんは毎回、前の人につっかえ、追い越さなければならなくなる。 午前中がそんな感じで進んでいく中、僕はずっとアンザイさんの動きを見ていた。 何がスピードの違いを生むのか。 常に一つの動作をしながら、次の動作への予備運動を入れている。 作業工程を、一つ一つではなく、連続した全体の流れとして処理していく。 紙めくりのゴムキャップをつけた指先を落とす位置、足を置く位置なども、考え抜かれた感じがする。 狂いなく最短時間を叩き出すために、完璧なマシーンになって身体を制御する。 そして、そのスピードを1周ごとに、コンマ何秒かでも削って速くしようとしている。 僕はその動きを真似た。 超速のアイスドールに近づこうとして、そして確実に速くなっていった。 昼休憩に入る頃には、アンザイさんの5周が、僕の4周くらいにはなっていた。 どうなったかというと、午後はアンザイさんの提案で、作業場を2つに分けることになった。 5人のメンバーを、3人と2人に分けて、別々のラインで作業するのだ。 その2人の方のアンザイさんのパートナーに僕が指名された。 会社に入って一番誇らしい瞬間だった 午後の作業時間中、未熟な分は駆け足をしながらアンザイさんを追った。 無駄な動きをしないように、ただ集中して、足を、腕を、指を動かした。 単純作業が、なんだか生き生きしてくる。 途中からランナーズハイのような感覚で気持ちよくさえなっている。 3人チームよりも遥かに多くの資料をセットした。 その日は全体で通常の2日分以上の作業をやり切った 仕事終わりにアンザイさんから、 「お疲れ様」 と声をかけてもらえた。 その時の、僕のことを認めてくれたような表情を忘れない。 アンザイさんと僕の眼がしっかりと合ったのは、その時が最初で最後。 そして、その日を境に、僕は働くことに対して少しだけ自信を持てたと思う。
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