恋人ごっこ

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「壱哉」 「なーに、なっちゃん」 下らなさすぎて、お互い吹き出す。 「はぁ。いい大人が何やってんだろうー」 ほんのりと街灯に照らされたデッキを歩きながら、顔を上げて空を見る。 「いくつになっても、こんなもんなんだよ」 篠宮がまたフッと笑ったから、その横顔に、なんだか胸が締め付けられた。 本当だね。 いつまでたっても弱くて、甘えんぼで。 仮面を脱いだ私なんて、こんなものだ。 「30代は、ものすごくしっかりした成熟してる人間になるものだと思ってた」 「酔っ払って海に叫ぶような大人になってると思わなかった?」 「思わなかった!」 お互い、顔を見合わせて笑う。 笑っている、私。 今は、篠宮がいるから笑えてる。 「今」は……。 ゆっくりと歩く篠宮にペースを預けたままなのに、公園の終わりは見えて来る。 帰りたくなくて、ピタリと足を止めると、篠宮も引っ張られて立ち止まる。 「ん?」 「もう少し、ここに居たい」 絡めていた腕を解いて、フェンスに両手を掛けると、篠宮も隣へ並んだ。 海に浮かぶ灯りがクラゲみたいに、ゆらゆらと揺らいでいる様に見える。 このまま……穏やかな時間が続けばいいのに。 クラゲのように、ゆらゆらと流れる時間に身を任せられたら……。 1人になる孤独を知っている私は、抗うようにここから離れる事が出来ない。 「ねぇ。失恋して何が1番辛いと思う?」 「さぁ、何だろねー」 私の不安を知らない呑気な篠宮は、いつもみたいに軽い口調で答える。 「1人になると、思い出す事なんだよね」
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