胸が痛んでこそ恋

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篠宮の香りがふわりと漂って、ピキーンとフリーズしてしまう。 「な、何するのよ!」 ボッと頬に熱がこもるのが分かる。 ここ、職場!!! 周囲に気づかれてないかと狼狽する私を見て、篠宮は余裕の顔でクックと笑っている。 「誤魔化した罰」 ………バレてる。 いつも、そう。 一枚も二枚も篠宮が上手で、私は振り回されて。 紅い頬に手をあてたまま、篠宮をじっと見上げると、意地悪な顔をしていたのに急に表情を緩めた。 「じゃーね」 いつものように軽い口調で言うと、あっさりと去って行った。 「………」 もう、やられた感しかない。 そう出てくると思わなかった……! ガクッと一気に力が抜けて、はぁーっと大きく息を吐いた。 揶揄われたれたのか、そうじゃなかったのか。 相変わらず、何を考えてるのか全然分からない。 カフェ独特の喧騒の中、早くなったままの鼓動を無理矢理落ち着かせるように、少し目を閉じた。 思い浮かぶのは嫌でも篠宮との事ばかりで、ぐるぐると言葉の意味を考えていると、ふと気づいてしまった気持ちがあった。 私……どうして言えなかったんだろう。 篠宮に「記憶があるのか?」と聞かれた時、このままの関係でいたいなら「記憶がない」と言えば良かった。 それなら、気まずくなる事もない。 煩わしい事もない。 1番、楽な方法だったのに。 だけど嘘でも言えなかった私は、あの夜の事を無かった事にはしたくなかったんだ。
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