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「………どーも」
江名に言われた時は惨めな気持ちになったのに……。
篠宮に褒められたら胸がくすぐったくなった。
同じ事でも、伝える人によって違うんだな。
惨めな気持ちを、篠宮が上書きしてくれたのが嬉しかったけれど、顔に出したらまたからかわれそうな気がして平然を装った。
「お?照れてる?」
「照れてません」
敢えてニッコリ笑うと、何がツボにハマッたのか分からないが、篠宮にまた笑われた。
そんなよく分からない空気を壊すように、突然ピリリと着信音が響き渡り、篠宮はポケットからスマホを取り出した。
「あ、電話だ。俺行くわ」
「あぁ、うん」
鳴り出した携帯を手にしながら「じゃーな」と、颯爽と去って行った。
…………変なヤツ。
なんだったんだ。
まぁ、社内でもそんなに会う事もないし、ここでの出来事と、よく分からない口止め料とやらは、忘れてくれる事を願うのみだ。
篠宮がいなくなると、嵐が去ったように静かになり、また風の音しか聞こえなくなった。
はぁ…とひとつ溜息をついて顔を上げると、空には輪郭のない白い雲が大きく広がっていた。
ここに来た時は死にそうなくらい苦しかったのにな………。
篠宮に見られて、とことんツイてないと思ってたけど、逆だったのかもしれない。
地の底まで落ちていた気持ちが、この雲のようにぼかされたのは、篠宮とバカみたいな話をしたおかげだと思うとフッと笑えた。
………職場恋愛は別れたら最悪。
本当にその通りだ。
元カレと同じ部署にいると、見たくないもの、聞きたくないものばかりで、転職すら考えてしまう。
…………失恋で仕事を変わりたいなんて、どうかしてるよね。
もう30歳すぎたし、ましてやそんな理由での転職なんて……ありえない。
ありえないと思うのに、こんな惨めな日々がどこまで続くのだろうかと思うと、絶望だ。
逃げたくないけれど……。
どうしても逃げたくなる時もある。
そんな時はここに来て、こっそり泣いてもいいかな。
霞んだ空を見ながら、ぼんやりと思った。
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