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「お疲れー」
篠宮とカチンとグラスを合わせた後、ワインを一口飲む。
お互い仕事が終わらず少し遅いスタートとなった為、お腹もペコペコだし、疲れた後のお酒は最高に癒しだ。
駅前の繁華街にある、イタリアン居酒屋は、木のぬくもりが感じられる内装と、やさしく灯るアンティークランプがムーディな雰囲気を作っている。
カウンター席に2人並んで座ると、今までなんともない事だったのに、意外と距離が近くて、妙に意識してしまう。
"意識するな"と思えば思うほど、不自然になってしまう私は、注文した後にもかかわらず、まだメニューを見ている振りをしていた。
「…何かあった?」
「え?」
「いつもにも増して表情が固いんだけど」
隣に座る篠宮が苦笑いをしながら、私を見下ろす。
「いつもにも増してって…失礼ね」
「警戒心バリバリですね」
「そんなものありません」
ニコッと笑って、メニューをカウンターに置く。
篠宮のいつもの冗談にさえ"気持ちを悟られたくない"と隠してしまう。
おかしいよね。
ついこの間までは、素直に曝け出せたのに。
「そういえばさ、樋口さんの事どうなの?」
ふいに聡君の事を聞かれる。
聡君への気持ちを辿ると、篠宮とのあの夜の出来事がセットでついて来てしまう。
鋭い篠宮にじっと見つめられたら、私の気持ちを見透かされそうで、目の前のワインへ視線を落とした。
「ぼちぼち…」
「なんだよ、それ」
「徐々に立ち直ってるよ」
「そーなの?
お前が屋上に来たから、また江名ちゃんにでも遭遇したのかと思ってた」
ハハッと篠宮が笑う。
私の逃避場所だった屋上。
今日逃げてきた理由は、聡君じゃなかった。
「違うよ」
「え、じゃあ何で来たんだよ?」
"今日、屋上へ逃げてきた理由はあんただよ。篠宮"
………なんて。
言えないし、言わないけど。
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