大人だから

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「別れたくない」という、心からの叫びにすら、聞こえないふりをした私。 だけど現実は、ウジウジといつまでも引きずって、途方に暮れる日々だ。 「昔の方がさ……。 もっと欲しいものを素直に言えたり、感情もありのまま出せたよね…」 ワイングラスに映る自分を見て、ぽつりと呟いた。 いつからだろう。 泣いたり、怒ったりする事が滑稽だと思うようになったのは。 大人だから、こうしなきゃ。 大人だから、我慢しなきゃ。 そんな風に気持ちに蓋をするようになったのは。 どんどん自分の感情に鈍くなって、誤魔化して、平気なフリをして。 私は、大事なものを忘れてしまったが気がする。 「いつの間にか感情を出さない、サイボーグみたいになっちゃった………」 「ぶっ!サイボーグって!」 また文香のツボに入ったのか、吹き出している。 「でも、菜月の言ってる事分かるな。 社会で生きていく以上、全て感情のまま言葉にする事は出来ないけど、必要以上に縛られてる気もするよね。 30代になると、社会的立場もあるし、経験値もあるし、なんだか弱さを見せる事が出来なくなるよね」 大人になった私達は、色んな事が出来るようになって。 だけど、出来なくなってしまった事もあるのかもしれない。 口にしたワインはいつもながら少し苦味があって、それを美味しいと思えるようになった自分を、やっぱり大人になったと思った。
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