4314人が本棚に入れています
本棚に追加
/283ページ
「別れたくない」という、心からの叫びにすら、聞こえないふりをした私。
だけど現実は、ウジウジといつまでも引きずって、途方に暮れる日々だ。
「昔の方がさ……。
もっと欲しいものを素直に言えたり、感情もありのまま出せたよね…」
ワイングラスに映る自分を見て、ぽつりと呟いた。
いつからだろう。
泣いたり、怒ったりする事が滑稽だと思うようになったのは。
大人だから、こうしなきゃ。
大人だから、我慢しなきゃ。
そんな風に気持ちに蓋をするようになったのは。
どんどん自分の感情に鈍くなって、誤魔化して、平気なフリをして。
私は、大事なものを忘れてしまったが気がする。
「いつの間にか感情を出さない、サイボーグみたいになっちゃった………」
「ぶっ!サイボーグって!」
また文香のツボに入ったのか、吹き出している。
「でも、菜月の言ってる事分かるな。
社会で生きていく以上、全て感情のまま言葉にする事は出来ないけど、必要以上に縛られてる気もするよね。
30代になると、社会的立場もあるし、経験値もあるし、なんだか弱さを見せる事が出来なくなるよね」
大人になった私達は、色んな事が出来るようになって。
だけど、出来なくなってしまった事もあるのかもしれない。
口にしたワインはいつもながら少し苦味があって、それを美味しいと思えるようになった自分を、やっぱり大人になったと思った。
最初のコメントを投稿しよう!