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「及川さんは、今日も熱心だね」
「え?」
また背後から話しかけられ、振り向いた。
「勉強。本当に努力家だなぁ」
週に数回。
私がここに来る理由を知っている聡君は、フッと笑った。
「GENICはトレンドに敏感なブランドだから、常にアンテナを張ってないといけないって…」
ここで朝食を取りながら、情報収集し、これからのGENICの未来や、どんな風にプロモーションしていくのかを考える。
「そう教えてくれたのは、課長ですよね」
あなたが教えてくれたものは、沢山ある。
私が気持ちを捨てる事が出来ないのは、愛だけじゃなくて、仕事で尊敬する部分がとても大きいからかもしれない。
私達の部署、ブランド事業部は、内外いろんなチームと手を組み、プロモーション戦略を考える。
1課の課長である聡君は、各方面の調整や、一年先の事を考えると同時に、目先の事も対処して、本当に大変だと思う。
だけど、仕事の愚痴なんて言わないし、なにより仕事を愛しているのが分かる。
だからみんな、ついていく。
本当に、かっこいい。
「今でも覚えててくれて、ずっと実行している君はすごいよ」
もう、ただの上司と部下の会話なのに、「私は特別」なんて思わせる。
会いたくないのに、会いたい。
話したくないのに、話せたら嬉しい。
こんな矛盾した気持ちが、朝から切ない。
「及川さんの戦略はいつも楽しみなんだ。期待してるよ」
業務的な事なのに、こんな些細な事なのに。
私の事を少しでも思ってくれているのが嬉しいと感じてしまう。
「頑張りますね」
「なんかぶっ飛んでいるプロモーションしたいなぁ」
「え?すごくハードル上げますね」
無茶苦茶な注文に、2人で笑う。
きっと彼には余裕の笑みに見えているだろうな。
顔には出さないけれど、私がこんなにドキドキしている事に一生気づかないよね、聡君は。
コーヒーの匂いと、甘いパンの匂いが漂うカフェ。
別れてから、久しぶりに笑って話せた気がする。
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