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あっという間に、終業時間が来た。
あれからオフィスに戻ると、江名はまだいたけれど、社員の各パソコンに新システムをインストールしていて、あまり気にならなかった。
いや。
気にならなかったのは、他にも心をざわつかせる大きな要因があったからかもしれない。
「おー、ごめんごめん。お待たせ」
仕事が終わらなかったようで、本日の悩みの種は「遅れるな」と自ら言ったにも関わらず、待ち合わせ時間より少し遅れて社員駐車場へ登場した。
「なんでそんな隅にいるの?」
「いや、誰かに見られたら…」
「あらぬ噂が立つんじゃないだろうかって?」
「相手が篠宮だしね」
ジロリと睨むと「そーかもね」なんて呑気に笑われた。
「まぁ、乗って」
黒いSUV車に案内されると、助手席に乗るように促された。
「どこ行くの?」
「お前、ワイン好きだろ?
料理も美味しいワインバルがあるから、そこ予約した」
「え?ありがと…」
篠宮は「気に入ったら、今度川田と行けば?」と笑った。
私と文香が、今でもよく飲みに行ってるのはバレてるらしい。
「……それにしても、よくワイン好きなんて覚えてたね。その話ししたの、何年か前の同期会でしょ?」
「あのね、俺を誰だと思ってんの?」
「いろんな意味で伝説の営業マン、篠宮壱哉ですよね」
「なんだよ、いろんな意味って」
運転しながら笑う横顔は、いつになく格好良く見えてしまう。
相手の好きなものなど、細かい所まで覚えているのは元営業マンの職業病なのか、はたまた篠宮の天性の才能なのか。
だけど、私でさえ「嬉しいな」と感じてしまったように、篠宮に気のある女性達は、こういう風に落とされていくんだろうな。
恐ろしい男。
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