4315人が本棚に入れています
本棚に追加
/283ページ
さんざん愚痴って泣いて、美味しいご飯とワインを堪能して。
口止め料という謎の密会だったのに、いつの間にかお会計は篠宮が済ませてくれていた。
代行を呼ぶと、回り道して私の家まで送ってくれると言うから、お言葉に甘える事にした。
後部座席に2人並んで座ると、聡君とは違う、甘く爽やかないい香りがする。
不思議なもので、10年間ただの同期だったのに、濃い数時間を一緒に過ごしただけで、篠宮を見る目はすっかり変わってしまった。
まぁ、それは篠宮も同じか。
私の事、こんなヤツだとは思ってなかっただろうし。
少し苦手だった篠宮だけど、わりといいヤツだったんだな。
車という狭い空間の中、物理的にも、気持ち的にも、急に距離が近くなったような気がする。
「篠宮」
「何?」
「………今日の事、忘れてね」
静かに洋楽が流れる車の中、冷静になるとものすごく恥ずかしくなってきた。
長い付き合いの文香ならまだしも、そんなに深い仲でもない篠宮に、またかっこ悪い姿を見せてしまって。
「いや、無理でしょ」
このやろー。
「じゃあ言わないでね!……泣いた事」
「また口止め料が発生しますけど」
「ちっ。どうすればいいの?」
思わず舌打ちして睨んでも、篠宮は楽しそうにクッと笑った。
「まー、また考えておくよ」
……やっぱり、掴みどころのない男。
だけど、2人でいる事に違和感しかなかったのに、今は篠宮との時間は悪くないと思っていた。
「今日はありがとね」
「こちらこそ、勉強になりました」
「なにそれ」
すっかり忘れていたが"失恋した人の気持を知る"という名目だったから、そこは筋を通すんだなー、なんて思わず笑ってしまった。
「…助かったよ、篠宮」
少し照れくさくて、視線を逸らせたまま伝える。
篠宮がいつになく優しく笑って「おやすみ」と言ったから、軽く手を振って、黒いSUVを見送った。
小さくなっていく車を見つめながら、これから1人の部屋に戻るというのに、孤独な夜が和らいでいる事に気がついた。
いっぱい泣いたからかな……。
文香以外の前で泣いたのなんて、どれくらいぶりだろう。
もう思い出せない。
聡君の前では、涙は見せられなかったのに。
最初のコメントを投稿しよう!