失恋した人の気持ち

24/24

4315人が本棚に入れています
本棚に追加
/283ページ
さんざん愚痴って泣いて、美味しいご飯とワインを堪能して。 口止め料という謎の密会だったのに、いつの間にかお会計は篠宮が済ませてくれていた。 代行を呼ぶと、回り道して私の家まで送ってくれると言うから、お言葉に甘える事にした。 後部座席に2人並んで座ると、聡君とは違う、甘く爽やかないい香りがする。 不思議なもので、10年間ただの同期だったのに、濃い数時間を一緒に過ごしただけで、篠宮を見る目はすっかり変わってしまった。 まぁ、それは篠宮も同じか。 私の事、こんなヤツだとは思ってなかっただろうし。 少し苦手だった篠宮だけど、わりといいヤツだったんだな。 車という狭い空間の中、物理的にも、気持ち的にも、急に距離が近くなったような気がする。 「篠宮」 「何?」 「………今日の事、忘れてね」 静かに洋楽が流れる車の中、冷静になるとものすごく恥ずかしくなってきた。 長い付き合いの文香ならまだしも、そんなに深い仲でもない篠宮に、またかっこ悪い姿を見せてしまって。 「いや、無理でしょ」 このやろー。 「じゃあ言わないでね!……泣いた事」 「また口止め料が発生しますけど」 「ちっ。どうすればいいの?」 思わず舌打ちして睨んでも、篠宮は楽しそうにクッと笑った。 「まー、また考えておくよ」 ……やっぱり、掴みどころのない男。 だけど、2人でいる事に違和感しかなかったのに、今は篠宮との時間は悪くないと思っていた。 「今日はありがとね」 「こちらこそ、勉強になりました」 「なにそれ」 すっかり忘れていたが"失恋した人の気持を知る"という名目だったから、そこは筋を通すんだなー、なんて思わず笑ってしまった。   「…助かったよ、篠宮」 少し照れくさくて、視線を逸らせたまま伝える。 篠宮がいつになく優しく笑って「おやすみ」と言ったから、軽く手を振って、黒いSUVを見送った。   小さくなっていく車を見つめながら、これから1人の部屋に戻るというのに、孤独な夜が和らいでいる事に気がついた。 いっぱい泣いたからかな……。 文香以外の前で泣いたのなんて、どれくらいぶりだろう。 もう思い出せない。 聡君の前では、涙は見せられなかったのに。
/283ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4315人が本棚に入れています
本棚に追加