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「見なければ良かった…。色々想像しちゃう」
メソメソと愚痴をこぼしながら、ビールを飲む私。
駅近くの居酒屋は、仕事帰りのサラリーマンやOLがわんさかいて、1日の疲れを吹き飛ばすかのように、どのテーブルも盛り上がっている。
「江名ちゃんと鉢合わせた時点で分かるだろ。見ても見なくても、お前の気持ちは同じだったと思うけど」
「そうかもしれないけど…!
今まで一緒に帰って、2人で過ごしてきた幸せだった頃の思い出ばかりが浮かんできて…。江名にはできるけれど、私はもう出来ないと思うと…」
がっくりと項垂れる私に「まぁ、食べなよ」と、篠宮が刺身を小皿に取り分ける。
「辛い…悲しい…虚しい…」
「見事な失恋三拍子ですね」
「本気で人を好きになった事のないあんたには、この苦しみは分からないのよ……」
顔を上げてじとりと睨む。
このテーブルだけ陰気な空気を放っているに違いないわ。
「私がもっと可愛くて素直な女なら違ったのかなぁ。あの時も…」
「過去には戻れないしね」
「いちいち現実に引き戻すな」
まったく!
パキッと割り箸を割って、お皿に盛られたマグロの刺身を口にする。
………とろけて美味しいわ。
美味しいと思える感覚こそ、幸せな事だなぁ…なんて、しみじみ思ったりする。
あのまま1人帰っていたら、余計な事ばかり考えて、きっと今頃食事なんて喉を通らなかっただろうから。
篠宮は「可哀想だね」なんて、甘やかしてくれるわけではないけれど、そういう所が意外と良かったりする。
おかげで、負の無限ループに落ちずに済んでいる。
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