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「今日で口止め料成立だよね?」
「たぶんね」
「は?約束違うじゃん!」
帰りの車の中。
思わず食いつくと「嘘、嘘。淋しくなるねー」なんて、ちっとも淋しくなさそうに言われた。
清々するはずだったのにな。
また、一緒に過ごしてもいいと思ってる自分に驚く。
「俺的には恋人ごっこなのに、甘さが不十分だったなっちゃんに不満だけど、まぁ許してやるよ」
「何、その上から目線…」
運転する横顔を見ながら、こんな訳の分からないヤツだけれど、前を向こうと思えたのは篠宮のおかげで、最後くらいお礼に言う事を聞いてあげようかと思った。
そんな事を考えていると、車は私のマンション前へと止まる。
「じゃ、お疲れ」
篠宮がこっちを向く。
窓から射し込んだ街灯の明かりで、なんだか表情が妖艶に見える。
「……降りないの?」
何も言わずに動かない私を、不思議そうに見つめる。
「今日……ありがとね、壱哉」
私なりに感謝の気持ちを込めて言ったのに、名前を呼んだのがあまりにも意外だったのか、篠宮の顔がみるみる紅く染まる。
「ちょ、ちょっと!
あんたが言い出した事なのに、何照れてんのよ!」
「油断させんなよ!」
「油断?!」
小学生か、私達は。
ただでさえ恥ずかしいのに、こっちまでつられて赤面してしまった。
車の中の温度が一気に上昇した気がして、逃げるように車を降りた。
「じゃーな」
耳が赤いままの篠宮を、うまく笑えないまま見送った。
「意外………可愛い所あったんだ」
車が見えなくなると、思わず独り言が零れた。
いつも余裕綽々の篠宮が照れたから、名前を呼んでからかうのも悪くないな…なんて、1人クスッと笑った。
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