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「これ、美味しいね」
「あ…はい」
「あれ?微妙だった?
シャンパンよりワイン派だもんね」
隣に座る聡君が、あまりにも普通に"私の事を分かってる"みたいに話す。
そんな些細な言葉が、今の私には突き刺さる。
かさぶたになりかけた傷が、また開いた気がしたけれど、心を見てみぬ振りをして同僚達と談笑する。
気にしちゃいけない。
聡君の言動に、振り回されちゃいけない。
重役達の長い挨拶を次々と聞きながら、平静を保とうとしているうちに、知らず知らずにお酒を口にしていた。
動悸が激しくなって、少し気分が悪い。
いつもなら、こんな事にならないのに。
酔い覚ましをしようと、スタッフを呼んで小声で水を頼むも、隣の聡君には聞こえていたようで目が合う。
「どうした?具合悪い?」
「……少し」
「外に出る?」
「でも…挨拶が」
「いいよ、別に。
及川さんの体調の方が大事だろ」
心配そうに私の顔を覗き込む目。
その目は私の事を想っていて、偽りなどない。
偽りなんかじゃないのに……愛とは違う。
ぐっと、俯いて唇を噛んだ。
「立てる?」と聡君に支えられて立ち上がると、同じテーブルに座っている同僚達から一斉に注目を浴びる。
「ちょっと具合悪いみたいだから、外へ出るね」
「及川さん、大丈夫?」
心配してくれる同僚達に"すみません"とペコリと頭を下げて席を外そうとすると、隣のテーブルに座っている篠宮と目が合った。
………あ。
「歩ける?」
「あ…はい」
聡君に問いかけられて、すぐ目を逸してしまった。
扉の方へ向かうと、フロアにいるホテルスタッフがすぐさま駆け寄ってきて、聡君が私の代わりに体調不良だと話すと、部屋を手配するから休むように言われた。
背中に視線を感じたような気がしたけれど、聡君に付き添われて会場を出た。
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