社長宅の住み込みお掃除係に任命されました②

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えっ? 私の目に入ったのは、のんびりと広くなったソファーでタブレットを手にくつろぐ社長。 「お? 意外と早かったな」 そう言った社長は、持っていたタブレットを足下の鞄にしまった。 「社長、いつからここにいたんですか?」 驚いた私が尋ねると、 「ん? 5分くらい前かな?  さ、行くぞ」 社長は、何事もなかったかのように立ちあがる。 スタスタと歩いて玄関へと向かうので、私も慌ててその後を追った。 社長は玄関を出ると、そのままエレベーターへと向かう。 鍵はオートロックなのかな? 私はパタパタと社長のあとを追いかけてついて行く。 エレベーターに乗ると、私はいつもの癖で操作パネルの前に立つ。 「社長、何階ですか?」 まるで仕事中のような会話。 「1階」 私が①のボタンを押し、扉が閉まると、社長は口を開いた。 「さっきの……」 さっきの? 「はい」 分からないながら、反射的に返事をする。 「仕事中以外は、社長は禁止」 「えっ?」 社長禁止って言われても…… 「じゃあ、真田(さなだ)さん? 社長の方がしっくりくるんですけど……」 社長って呼ばれるの好きじゃないのかな? 「バカ。何で苗字なんだよ。家でくつろいでる時に、そんな他人行儀な呼び方されたくないんだよ。下の名前で呼べよ」 ああ! だから、社長は昨日から私を下の名前で呼んでるのか。 でも…… 「じゃあ、泰彦(やすひこ)さん? それもなんか、呼びにくいんですけど」 ひらがな四文字の名前にさん付けって、却ってかしこまった感じがしちゃう。 「うちでは、ヤスでいいよ。それなら、呼びやすいだろ?」 いやいや、それはいくらなんでも…… 「無理ですよ! 元々お友達だった相田(あいだ)さんならともかく、年下で部下の私が、そんな気楽に呼べませんよ」 私は、慌てて振り返って手を横に振る。 相田さんは、社長の同級生で本来の社長秘書。 現在妊娠中で休みがちだから、不在の時だけ、私が秘書代理を務めている。 「ダメ。俺の言うこと、なんでも聞く約束だっただろ。これから、仕事中以外は、ヤスって呼ぶこと」 「えぇ!?」 さらに反論しようとしたところで、エレベーターが1階に到着して扉が開いた。 エントランスには、他の人の目もあり、それ以上は話せない。 私は、黙って社長の後をついて行く。 社長は、コンシェルジュがいるカウンターの前に立ち、 「真田です。昨日お願いした書類はもう準備できてますか?」 と尋ねる。 あんな深夜にお願いしたんだから、まだでしょ? そう思いながら、後ろで黙って控えていると、 「はい、用意してございます。こちらに必要事項をご記入していただいて、ご提出ください」 とクリアファイルに入った書類を差し出すのが見えた。 仕事、はやっ! 社長はそれを「ありがとう」と受け取ると、そのまま左手にブリーフケース、右手にクリアファイルを持って歩き始める。 えっ? それ、しまわないの? そう思いながらも、私は後をついて行く。
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