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お姉ちゃんの死から数年。
女子高生になった私は、お姉ちゃんと同じ、地元の公立高校に通い、お姉ちゃんと同じ制服を着ていた。
そしてーーー。
「さぁちゃん」
いつも通り、部活を終えて校門を出ようとした時だった。
学校では呼ばれない、家族だけの呼び方で呼ばれて私は一瞬戸惑う。
下校中の生徒にジロジロ見られながら、校門前に停めた車から顔だけ出していたのは…
「やめてよ。学校の前まで来るの。」
彼氏だった人だ。
私じゃない。お姉ちゃんの。
私は周りを気にしながら、サッと助手席に乗り込んだ。
一応、人目を気にしてくれているのか、「ハラくん」もすぐに車を出してくれた。
あっという間に学校は見えなくなって、私は非日常へと連れ出される。
「懐かしいね。その制服。あの頃とは随分雰囲気違うけど。」
最初の信号待ちで、ようやくハラくんは口を開いた。
「そりゃそうよ。お姉ちゃんと12も違うんだから。あんな長いスカート履けないよ」
お姉ちゃんのアルバムを見たことがあるけど、セーラー服のスカーフの結び方も違うし、大体あんなスカート丈、スケバン刑事じゃん。見たことないけど。
「で?今日は?」
わざと強い語気で言ってみる。けど、本当はちょっと嬉しい。
単調な高校生活に、お姉ちゃんの彼氏とはいえ、オトナの世界が入り込んでくる。
車で校門まで迎えが来るなんて、非日常だ。
「ずいぶんかわいくなくなったなー。さぁちゃん。」
そう言うと、ハラくんはハハッと笑った。
信号が青に変わり、再び車は走り出す。
ハラくんは正確に言うと、お姉ちゃんの「元カレ」だ。
亡くなった時に付き合っていたのは別の大学の人で、野球やっててかっこいい。今でもたまに、お焼香に来てくれる。お母さんは、「もういいよ」っていつも言ってるけど。
一方でハラくんは、お姉ちゃんが短大に進学するときに振っている、元カレ。
少しヤンキー(というか、時代的にツッパリ?)で、そこが嫌われたんだと思う。
「昔は、ハラくん、ハラくんって慕ってくれてたのに…」
「うるさいな。ちゃんと運転してよ?」
「何年運送業やってると思ってんだよ。バカにすんなよ」
子供だった頃と違って、ハラくんとこうしてポンポンやり取り出来るようになっているのが嬉しい。
さっきから、元カレだのヤンキーだの侮辱しているけど、本当はハラくんは憧れだった。
お姉ちゃんの彼氏だから好きとかはないけど、かっこいい、オトナの象徴だと思っていた。
だから、今回の頼みも聞いてあげようと思ったのだ。
「今日は?母さん達にはなんて言って出てきたの?」
少し心配げに、ハラくんは尋ねてきた。
「別に。友達んちに泊まるって言ってある」
「そっか」
少し、車のスピードが上がったような気がした。
「道わかる?」
「近くなったらナビして」
「OK」
お互い、少し緊張しているのか、やり取りは少ない。
お姉ちゃんの話題は避けている。
多分、お互い意図的に。
「日没近いな」
真っ赤な太陽がドロリと落ちていく。
「大丈夫。まだ電気通ってる筈だから。」
そう言って、私はカバンから古びた鍵を出した。
「鍵、持ってきてるから」
溝か何かを踏んだのか、一瞬、車が大きく揺れた。
と、後ろでガシャン、と鉄が触れ合うような音がした。多分、シャベルだ。二つあるんだろう。そう思った。
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