指輪

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「どのあたり?」 ハラくんが、キャンプで使うんだと言っていたランタンを庭木にかけた。部屋から漏れる明かりが届かない所もあるから、少し役に立つ。 「多分…その木の下辺りだと思う」 「分かった」 一呼吸置くと、ハラくんは、「勝手にごめん」と謝って、ザクザクと庭を掘り始めた。 続いて私もシャベルを手に取り、掘り始める。 「根っこ、傷つけないようにしてよー」 「わかってる」 秋口だというのに、すぐに二人は汗をかきはじめた。 ハラくんとやり取りを始めたのは、一ヶ月ほど前。 うちにお焼香を上げに来た時だった。 「さぁちゃんって、指輪の事、知ってる?」 お姉ちゃんの高校の同級生達と一緒に来たハラくんは、トイレの帰り、廊下ですれ違った私にそう尋ねた。 「…知ってる…」 一瞬、指輪の事を聞かれてドキッとしたが、お姉ちゃんが亡くなって随分経つし、もう時効だろうと思った。 「埋めた。」 「はぁ?!どこに?」 「どこにって…」 困ったな、と思った時だった。ハラくんを呼ぶお母さんの声がして、話は途切れた。 「とりあえず…また連絡して」 そう言われ、帰り際にコッソリ無理矢理押し付けられた携帯番号のメモ。 そこから私たちの不思議な関係は始まった。 「なんか…関係ねぇもんばっか出てくるな…」 小石に混じって、空き缶やらおはじきやらおもちゃが出てくる。 「一時期、宝物とかを埋めて隠す遊びをしてたのよ…」 「犬かよ」 ハラくんは呆れたように言ったけど、影響されたのは『火垂るの墓』のドロップ缶。犬じゃない。 「お姉ちゃんも小さい頃やってたのかな?」 額の汗を拭うと、土の匂いがした。多分、顔も泥だらけだ。 「何が」 ハラくんは手を休めようとしない。 「大事な何かを庭に埋めるの」 うちはマンションだから、庭はない。いつもおばあちゃんちに来て、この庭で遊んでいた。 お姉ちゃんとは12も離れているから、お姉ちゃんが小さい頃の事なんて知らない。せいぜい、記憶にあるのは高校生くらいからだ。 指輪は…。 指輪の事は、覚えてる。 友達からの、ディズニーランドのお土産だという、赤い小さな缶。その中に、きれいなハンカチに包んで指輪は入れられた。 「もう、手元に置けないから」 そう言って、お姉ちゃんは蓋を閉じた。 そんな記憶がある。 「ごめんね」 「あ?」 ハラくんは一心不乱に土を掘り返しながら返事をした。 「いや、まさかハラくんがそんなに指輪を探してるなんて知らなかったから…」 埋めた当時は、お姉ちゃんも宝物を埋めるんだなぁと思ったくらいで、何にも思ってなかった。それが元カレから貰った指輪だったなんてーー。 「赤い缶、って言ったよな?」 「うん。手のひらに乗るくらいの。平べったい。」 いつの間にか周辺の家からは、テレビの音も、談笑の声も聞こえなくなっていた。 月が中空で私たちを照らす。 私が最初に言った木の周りは穴だらけになっている。 「そりゃあ…知らなくて当然だろ。さぁちゃん、あのとき小学生だったし…」 「小3。」 あの後、私の生活は少しずつ崩れていった。お父さんとお母さんは、お姉ちゃんが死んだのは相手のせいだと罵り合うようになり、私が中学の時に離婚した。 お父さんはその後再婚したらしい。 お母さんはおかしくなるくらい私に過保護になって、よく泣くようになった。 それくらい、お姉ちゃんの死は、一人の人間の死は、重いものだった。 「なかなか見つからねぇもんだな…」 そう言うと、ハラくんは縁側に置いていたペットボトルのお茶に口を付けた。 私も、自分が何を埋めたか覚えてないけど、懐かしいおもちゃだけは出てくるなと思った。 「指輪…なんで探そうと思ったの?」 ハラくんはさすがに疲れたのか、縁側に座った。 私もその横に座る。 「なんで、って…。なんでだろうな。」 沈黙が流れる。 「別に、別れたからって返せとかじゃないんだよ。うーん、墓に供えるのもなんか違うし…」 困ったように、ハラくんは考え込んだ。 「なんか…自分の中で区切りをつけなきゃいけないんだと思う。そのために、あの指輪が必要なんだと思う。形見じゃないけど…ずっと心のどっかに引っかかってた。」 「そっか…」 指輪をあげたってことは、ハラくん、お姉ちゃんの事、真剣に好きだったんだろうなぁと思った。 「区切りか…」 私は、お姉ちゃんの事に区切りをつけられるんだろうか。 お父さん達や、周りの親戚は、私が「お姉ちゃんの事を覚えていない」と思っているふしがある。 そんな時は私も、「よく覚えてない」と嘘をつく。 お姉ちゃんの思い出話をすると、どうしてもみんな、大人なのに泣いてしまうからだ。 区切りなんてつくはずがない。多分一生、このままの気持ちで過ごすんだと思う。
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